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理想の安全を具現化するために。技術者たちのキャリア論
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2025.01.31
- Text
- :岩﨑 史絵
- Photo
- :平郡 政宏
低速でやわらかいモビリティ「poimo」開発者のmercari R4D・山村亮介(やまむら・りょうすけ)さんと、「SafetyCocoon」のコンセプトのもと「安心・安全なモビリティ社会の実現」をめざす、ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社(以下、SSS)の別府太郎(べっぷ・たろう)さん。同じ理想に異なるアプローチで挑む2人は、ともに自動車部品メーカーに所属していた経歴を持ちます。あえて自動車業界を離れた立場で次世代モビリティの開発に取り組む背景にある思い、そしてキャリアの考え方について話を伺いました。
自動車業界を離れ、新たなモビリティの開発に挑む技術者たちが、移動の自由と安心を追求する姿勢を語っています。高齢化社会で免許返納なども話題に上る中、誰もが自由に移動できる社会の実現が求められています。SSSの別府さんは車載センサーを活用した安全なモビリティの実現を目指し、poimo開発者の山村さんは車椅子を利用する方や高齢者に寄り添った開発に取り組んでいます。他業界だからこそ得られる発見や試行錯誤の重要性が語られる一方、自動車業界の安全意識や試作力の価値も強調されています。若手技術者へのメッセージとして、常に前向きな疑問を持つことや、小さな挑戦を積み重ねることの重要性が伝えられています。
移動の自由と安心は高齢化社会の切実なニーズ
山村 別府さんもご存じでしょうが、自動車業界にいると交通事故の悲惨さや哀しみを知る機会が多くあります。だからこそ「自分の製品では絶対に事故は起こさない」という気持ちで開発に取り組んできましたが、別府さんはいかがですか。
別府 「事故ゼロ」の実現は私もめざしているゴールの一つです。それともう一つの目標として、「もっと便利にしたい」という思いがあります。
最近は高齢者の方の免許返納が話題に上りますが、地方ではクルマがないと生活できない現実があるわけです。免許を返納しても、あるいは障がいがあっても、体が疲れていても、好きに移動できる社会にしたい。元気な人だって、仕事の後、寝ている間に目的地に着いていたらうれしいですよね。能力の差異にかかわらず、あらゆる人が自由に移動できる社会が必要だと思っています。
そして「移動の自由」には、当然「移動の安心」が必要です。まず安心・安全、そしてその先にある利便性につなげていければと思います。
山村 移動の自由はまさに私の目標でもあります。車椅子を利用されている方に話を伺って知ったのですが、タクシー運転手さんや介護従事者の方も高齢化していて、タクシーに車椅子を乗せられない、車椅子で段差を越えられないなどの理由で、移動のルートが狭まってきているという現実がある。
福岡や大阪ですでにそんな状態なので、東京もまもなく同じ状況になるでしょう。高齢化が進む中で移動の自由を担保するためにも、いろんな人が安全に乗ることができる乗りものを開発したいです。
業界の外からモビリティに携わるからこそ、チャレンジができる
――お二人とも、ファーストキャリアは自動車部品メーカーに所属していた経歴をお持ちですが、自動車業界を飛び出して新しいモビリティの開発に取り組んでいらっしゃいます。他業界だからこそ得ることのできる発見や楽しさはありますか。
別府 前職時代、自社グループ以外の自動車会社さんと会話をすることもありましたが、皆さん一歩引いている感じがあったように思います。しかし自動車業界から一歩離れると、ざっくばらんにお話しいただく機会が増えました。SSSはクルマ業界ではないので競合意識が生まれないためか、いろいろ勉強になる話を伺えます。
また、ソニーグループはさまざまな事業を展開しているので、車載センサーを作っていても対象市場はクルマに限りません。エンタメ業界でLiDARが使われる事例もあります。多様な業界で広く社会的インパクトを与えられるという点はやりがいもあり、おもしろいところです。
山村 業界を離れたことで、よい面と悪い面がありますよね。よい面は、何と言っても「自動車業界ではないからこそチャレンジできる」点です。poimoは最初、実はバランスボールにタイヤをつけるところから始めたんですよ。本当にやわらかいものに乗ることができるのか確かめたくて。そんなプロトタイプからのスタートすら許容される環境は大きかったです。
山村 一方、既存メーカーのよいところもたくさんあります。特に試作力と製造力はすばらしいですよね。以前の職場なら「こういうものを作りたい」と試作部に図面を持ち込めばあっという間に試作品ができていましたが、今は試作メーカーと連携しつつ3カ月くらいかけて作らなければならない。
あとはやはり、自動車業界の安全についての考え方も大切だと思います。開発者として安全に対する意識を根本に持つことはとても重要で、今大企業で開発に取り組んでいる若手の方も、どんなことにも真剣に取り組んだ方がいいでしょう。
別府 おっしゃる通りです。前職では量産に関わっていましたが、信じられないほど試験を繰り返します。「網羅性」と言いますが、どういうときにどんなことが起きるのかあらゆるシナリオを考えて設計し、細かい試験を繰り返していました。そういうものは長きにわたってその分野でやってきた大手企業にしかないノウハウですし、それらを真剣に吸収できたことは、今の業務でも確実に役に立っています。
誰もがどこにでも行ける社会をつくる挑戦は続く
――今後挑戦したいことがあればお聞かせください。
山村 私はpoimoの開発を通じて車椅子を利用されている方や高齢者の方とお話しするようになり、「いかに個人へ寄り添うか」を大切に思うようになりました。それがpoimoの強みにもなっています。
ですが完全に個々人に合わせるとなると、ビジネスとしては成り立ちません。とはいえ従来の車椅子に課題があることも確かなので、これからも引き続きpoimoが普及する領域を探っていきたいと思います。
別府 今は「車載用センサーで安全なモビリティ実現に貢献したい」という思いが第一です。ただ、モビリティという分野を考えると「動くものはすべてモビリティ」と言えるので、クルマ以外の「あらゆる動くもの」にセンサーを載せて自動化できるようにしていきたいと思っています。
せっかくソニーというクルマ以外のビジネスも多種展開している企業グループにいるので、クルマという領域を超えて「人が苦労しなくてもどこにでも行ける社会」作りに貢献したいです。
――自動車業界からあえて違うフィールドに飛び出してキャリアを積み、理想の実現に挑むお二人から、最後に若手技術者・開発者へのメッセージをお願いします。
山村 「一歩先の自分」に進むために、すごく小さなことでもいいのでチャレンジし続けることが大切だと思います。私も自動車業界でチャレンジしてきて、そこではもの足りなくなったときに「外に出て別のチャレンジをする」ことを選びました。一つ先の何かをつくるために、ぜひ自分で考え、チャレンジし続けてほしいです。
別府 常に「前向きな疑問」を持ってほしいと思います。大企業では、何かやるにしても「こういうものだから」という慣習から始まることが多いのですが、それに対して否定から入るのではなく、「なぜそういうやり方なんだろう」と疑問を持って経緯を調べてみてほしいです。その上でさらにいいやり方を考えて提案するといったように、ポジティブな疑問を持って取り組む姿勢が大切だと思います。