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世界初の「人工流れ星」を支えるビジョンとテクノロジー。宇宙エンタテインメントと半導体

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2025.08.18

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鷲尾 諒太郎
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平郡 政宏

「科学を社会につなぎ 宇宙を文化圏にする」というミッションをかかげ、宇宙ビジネスを展開する株式会社ALE(エール)。同社は世界初の宇宙エンタテインメントとして「人工流れ星」を提供すると同時に、大気データの取得によって、地球の気候変動のメカニズム解明に寄与するといったサステナブルなビジネスモデルの確立をめざしています。

今回は同社の創業者でCEOの岡島礼奈(おかじま・れな)さんにお話を伺います。岡島さんは東京大学理学部天文学科を卒業後、同大学院理学系研究科天文学専攻にて博士号を取得し、最初の就職先として世界的な金融機関であるゴールドマン・サックス証券に入社した異色の経歴の持ち主。科学の道を志しながらも資本主義の最前線で経験を積んだ岡島さんは、その後2011年にALEを創業しました。

第1回となる今回は、ALEが進める「人工流れ星」事業の現在地についてお話を伺います。その実現に不可欠な技術、とりわけ事業の要となる人工衛星を動かす半導体に焦点を当て、宇宙という過酷な環境で求められる性能についても聞きました。

ALEは「科学を社会につなぎ 宇宙を文化圏にする」というミッションのもと、人工的に流れ星を流すという世界初の宇宙エンタテインメント事業に取り組んでいます。人工衛星から粒子を放出し、大気圏突入時に発光させることで流れ星を再現し、人びとに感動体験を提供すると同時に、大気圏のデータを取得して気候変動の研究にも貢献します。人工流れ星の実現には、人工衛星の姿勢制御や軌道推定などの高度な技術、そして放射線や激しい温度変化に耐えられる半導体が不可欠です。ALEは現在、3機目の衛星打ち上げに向け準備を進めています。

Contents

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    エンタメと科学への貢献の両立をめざす「人工流れ星」

    ――ALEが挑戦している人工流れ星とはどのような事業で、現在はどこまで実現しているのでしょうか。

    岡島 私たちが取り組むのは、人工流れ星で人びとに感動を届ける、世界初の「宇宙エンタテインメント事業」です。流れ星を人工的に作り出して夜空に流し、皆で空を見上げて鑑賞する。それが人類と宇宙の未来や地球の大切さを思うきっかけになったり、人それぞれの楽しみ方ができる特別な体験となる未来をめざしています。

    エンタメ面だけでなく、科学への貢献という側面も重要視しています。人工流れ星を流す際、同時に中間圏(上空50km~100km)のデータを取得し、気候変動のメカニズム解明や異常気象の予測精度向上に役立てたいと考えています。

    ALEでは、2011年の創業から現在に至るまでに2機の人工衛星を打ち上げ、宇宙空間での軌道設計や衛星運用技術を確立してきました。まだ人工流れ星を実際に流すことには成功していませんが、技術的な基盤はかなり整っており、実現まであと一歩のところまで迫っています。現在は、3機目の人工衛星の打ち上げと人工流れ星の実現に向けて、資金調達も含めて準備を進めているところです。

    ——人工流れ星の具体的な仕組みはどのようなものなのでしょうか。

    岡島 本来の流れ星は、宇宙空間にある数ミリ程度の塵が大気圏に突入し、アブレーション(表面が高熱にさらされることで蒸発・昇華する現象)が起こることで発生します。人工流れ星は、塵の代わりに「流星源」と呼ぶ直径1cmほどの粒を人工衛星に搭載して宇宙空間で放出し、それが大気圏に突入する際に断熱圧縮による加熱で発光することで流れ星を再現するものです。本物の流れ星よりも見える時間は長く、実験室レベルでは材料を選ぶことで色も自由に変えることができます。流星源は大気圏で燃え尽きるので地上には到達せず、安全で環境への影響もありません。

    しかし過去の挑戦では、流れ星の粒を放出する装置がうまく作動せず、成功には至りませんでした。前回の失敗で課題は明確になったので、次回は必ず成功できると信じています。

    人工流れ星のもととなる「流星源」。宇宙空間で射出したこの粒が、大気との摩擦で燃えることで流れ星を作り出す
    人工流れ星のもととなる「流星源」。宇宙空間で射出したこの粒が、大気との摩擦で燃えることで流れ星を作り出す

    ——人工流れ星を実現する上でさまざまな技術が活用されていると思いますが、その中でも特に重要な役割を担っているのはどのような技術なのでしょうか。

    岡島 人工衛星の姿勢制御技術と、高精度軌道推定技術です。

    人工衛星は宇宙空間に何の支えもなく浮かんでいるわけですから、姿勢制御はとりわけ重要な技術です。安全に人工流れ星を実現するためには、人工衛星が正確に自分の位置と向きを把握・制御し、その上で狙った方向に流星源を放出する必要があります。私たちの人工衛星には、スタートラッカー(恒星を識別し、その配置から向きや角度を測定する装置)が三つ搭載されていたり、さまざまなジャイロセンサーを搭載していたりと、姿勢を精密に制御するための工夫が凝らされています。

    また、流星源を放出する際は、ほかの人工衛星や宇宙デブリ(宇宙ゴミ)などに衝突しないよう、事前にそれらの位置情報をすべてインプットし、絶対に安全な軌道を選ばなくてはなりません。軌道が少しでもずれてしまうと大きな事故につながりかねないため、粒がたどる軌道を極めて高精度に推定する必要があります。そこで、私たちはそのための高精度軌道推定技術をソフトウェアから自社開発しました。

    あとは、やはり流星源の材料選定も重要ですね。どのような素材であればきれいに光るか、どんな色になるかなど、元素周期表とにらめっこしたり、身近な材料でテストしたりと、試行錯誤を繰り返して最適な「流れ星の素」を開発しました。未知の事業なので、あらゆることを手探りで進めていく必要がありますが、いろいろな大学と協力したり、専門家の方々のお力も借りたりしながら開発を進めています。

    人工衛星(左)と流星源を射出するユニット(中央)の模型を説明する岡島さん。奥の実験用クリーンルーム内にあるのは、真空を再現する装置
    人工衛星(左)と流星源を射出するユニット(中央)の模型を説明する岡島さん。奥の実験用クリーンルーム内にあるのは、真空を再現する装置

    宇宙ビジネスを支える半導体

    ——人工流れ星を実現する上で、半導体はどのように用いられているのでしょうか。

    岡島 半導体は、ありとあらゆるところに使われていますよね。特に人工衛星は、言わばパソコンのようなものです。電気を蓄えたり消費したりしながら、自律的にさまざまな動作を制御し、外部と通信をするわけですから。半導体なしには人工衛星は成り立ちませんし、人工流れ星も実現できません。

    近年では半導体不足によって自動車や家電製品の生産に影響が出ましたが、宇宙産業も例外ではありません。人工衛星を打ち上げるロケットは調達できても、搭載する半導体の納期が遅れてプロジェクト全体が遅延するということが実際に起きています。半導体の安定供給は、宇宙産業にとっても死活問題です。

    流星源を射出するコントローラー部に使われている基板
    流星源を射出するコントローラー部に使われている基板

    ――特に宇宙産業において、半導体がカギを握るような技術的トレンドはありますか。

    岡島 今後、人工衛星におけるエッジコンピューティング(データを収集する端末そのものや、その近傍でデータ処理を行う技術)がますます重要になってくると考えています。現在は、地上からの指示で衛星を動かしたり、衛星から送られてきた大量のデータを地上で処理したりしていますが、これからは衛星側で自律的に判断し、計算したり、収集したデータを解析したりするようになるでしょう。

    そうなれば、衛星内でデータをある程度処理して、地上に送るデータ量をコンパクトにできます。さらに分析まで衛星側で完結できるようになれば、観測データを地上でほぼリアルタイムに把握できるようになり、災害発生時などにおける衛星データ活用が飛躍的に進む可能性があります。そうなったとき、宇宙環境に耐えられる高性能な半導体の重要度は、ますます増していくと思います。

    ——宇宙という特殊な環境で使用するにあたって、半導体に必要な性能とはどんなものなのでしょうか。

    岡島 宇宙空間で特に考慮しなければならないのは、真空と放射線です。特に、放射線の影響を受けて電子機器がうまく動かないことがあるため、放射線に耐えられる半導体は非常に重要です。最近ではダイヤモンド半導体など、放射線耐性の高い半導体の研究開発が進んでいると聞いていますが、そういったものが量産化され、より安価に利用できるようになることを期待しています。また、人工衛星は太陽光が当たる側と影になる側を繰り返しくるくると周回するため、極端な高温と低温にさらされます。この急激な温度変化に対する耐性も不可欠です。

    あとは一般的な産業用途と同様に、さらなる省電力化や、私たちのようなスタートアップでも購入しやすい小ロットでの供給体制なども、宇宙ビジネス全体の活性化につながる重要なポイントだと考えています。

    ——活躍の場が宇宙だとしても、一般的なビジネス同様、手に入りやすさなども重要ということですね。次回は、宇宙ビジネスの難しさと岡島さんのキャリアについて伺いたいと思います。

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    02 ビジネス的成功も「ワクワク」も手放さない。ALE創業者・岡島礼奈が挑む宇宙ビジネスの世界
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