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「歪みがない」写真の衝撃。グローバルシャッター方式イメージセンサーが変えた常識と実用性
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2026.03.30
- Text
- :末岡洋子
- Photo
- :平郡政宏

2024年1月にソニー株式会社(以下、ソニー)から発売された、世界初(※1)のグローバルシャッター方式のフルサイズイメージセンサーを搭載したミラーレス一眼カメラ『α9 III』。今回は、その機種に搭載された「グローバルシャッター方式」に焦点を当てます。
高速で動く被写体を撮影した際に生じるローリングシャッター現象(※2)が生じないグローバルシャッター方式イメージセンサーは、スポーツ写真の現場にどのような変化をもたらしたのでしょうか。スポーツフォトグラファーの水谷たかひとさんと、ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社(以下、SSS)でイメージセンサーの開発をリードする貝沼世樹さんが、フォトグラファーが肌で感じた撮影体験と、「歪みゼロ」を実現した技術開発の舞台裏を語ります。
※1 レンズ交換式デジタルカメラとして。2023年11月発表時点。ソニー調べ
※2 一般的なデジタルカメラが採用しているローリングシャッター方式イメージセンサーの特性により、動きの速い被写体を撮影したときに、被写体が斜めに歪んで写ってしまう現象(「動体歪み」とも言う)
ソニーの『α9 III』は、グローバルシャッター方式のフルサイズイメージセンサーを搭載した、世界で初めてのミラーレス一眼カメラです。全画素を同時に露光・読み出すこの方式により、従来のローリングシャッター方式では課題だった動体歪みを、原理上ゼロにしました。
スポーツフォトグラファーの水谷たかひとさんは、歪みのない正確な記録と秒間約120コマの連写性能が、表現の幅を広げたと高く評価しています。イメージセンサー開発をリードしたソニーセミコンダクタソリューションズの貝沼世樹さんは、消費電力の増大といった難題を独自の積層構造や回路技術で克服し、プロの現場で信頼される実用性を実現したと語ります。
このように、最先端の技術を過酷な現場で使える「信頼の機材」へと昇華させることで、写真の新たな可能性が切り拓かれていきます。
世界初の製品開発への挑戦。『α9 Ⅲ』に搭載されたグローバルシャッター方式フルサイズイメージセンサーとは?

──『α9 III』は、コンスーマー向けカメラでは世界初(※1)となる、グローバルシャッター方式フルサイズイメージセンサーが搭載されたミラーレス一眼カメラです。このグローバルシャッター方式について教えてください。
貝沼:グローバルシャッター方式の特長を知っていただくために、まずは従来多くのカメラに採用されているローリングシャッター方式について説明します。ローリングシャッター方式では、イメージセンサー上の画素を上から下へ順番に露光・読み出ししていくため、画面の上部と下部でわずかな時間差が生じます。そのため、動きの速い被写体を撮影すると、画像上で被写体が斜めに傾いたり、歪んで写ってしまったりすることがあります。

これがいわゆるローリングシャッター現象(動体歪み)と呼ばれるもので、たとえば、テニスのラケットや野球のバッド、フィールドホッケーのスティックなどが、斜めに歪んで写ることがあります。一方、グローバルシャッター方式は、イメージセンサー上のすべての画素を同時に露光・読み出すため、そうした歪みが原理上発生しません。

初期のデジタルカメラは、グローバルシャッター方式のCCD(※3)と呼ばれるイメージセンサーが使われていましたが、デジタルカメラの普及にともない、ローリングシャッター方式のCMOSイメージセンサーを採用したカメラが主流となりました。結果として、ローリングシャッター方式が一般的になりました。CMOSイメージセンサーは、CCDと比較して、高速処理が可能かつ省電力でコスト面も優れているといった利点があります。
『α9 III』では、そんなCMOSイメージセンサーの利点を維持しながら、グローバルシャッター方式を両立させました。イメージセンサーを「積層構造」にすることで、限られたスペースにより高密度な回路をより多く集積することができます。そこにSSS独自の回路技術を組み合わせることで、高いパフォーマンスを実現しました。
水谷:世界初の技術ですよね。CMOSイメージセンサーの特徴である高速なフレームレート(※4)とグローバルシャッターの両立によって、動きの速い被写体も正確に記録でき、まさにその瞬間をありのままに切り取ることができるようになりました。正直なところ、両立は絶対に不可能だと思っていたので、この進化は驚異的と言っても過言ではないレベルだと思いますね。
※3 Charge Coupled Device(電荷結合素子)
※4 1秒間に撮影できるコマ数(フレーム数)
尖った技術が信頼できる機材に。プロフォトグラファーが実感した撮影体験の変化

──水谷さんは『α9 III』を実際に使用されていると聞きました。使ってみて、どのような強みを感じていますか。
水谷:使い始めてから、もう約2年になります。プロフォトグラファーの要求に応えてくれる最高の機材ですよ。ゴルフのシャフトが曲がって写ったり、ボールが当たる瞬間のバットが歪んだりすることがありません。歪みが目立たないのではなく、“そもそも歪みがない”ってことが何よりすごいところですね。
また、1秒間に約120コマという圧倒的なフレームレートによって、狙った瞬間を余すことなくとらえられます。テニスラケットのガットにボールが食い込む瞬間や、ホッケーのスティックがボールをとらえた瞬間など、決定的瞬間を狙って撮影できる確率が上がったことで、表現の幅は確実に広がりました。

──すべての現場で『α9 III』を使用しているのでしょうか。
水谷:基本的には、競技や目的によってカメラを使い分けています。『α9 III』は、テニスやゴルフなど、被写体の動きが速く、かつ歪みがないことが好ましい現場で使っています。動体歪みの心配がない分、機材面での不安がなくなり、目の前の被写体に100%集中して臨めるメリットは極めて大きいですね。
そのほかは、主に『α1 II』を使っています。『α1 II』は有効約5010万画素という圧倒的な解像度のおかげで、アスリートの汗や微細な表情、さらには会場の熱や空気感までも鮮明に描き出せます。これは、僕が「写真展で展示するような大判プリント」を想定していることも関係するでしょう。大きなサイズに引き伸ばして出力しても、細部のディテールを失わずに写真の迫力や雰囲気を維持するためには、高画素機の方が適しています。
──『α9 III』は、水谷さんのお言葉通り、フォトグラファーに安心感をもたらし、表現の幅を広げているようです。一方で、その開発にはさまざまな困難や高いハードルがあったのではないでしょうか。
貝沼:歪みゼロを実現しながら、プロフォトグラファーの方も納得する高い基準を満たす。その両立には、グローバルシャッター方式特有の苦労が山ほどありました。たとえば、消費電力の問題。グローバルシャッター方式は、イメージセンサー全体の回路を一斉に駆動させる必要があるため、どうしても消費電力が大きくなってしまいます。これは、バッテリーの持ちや撮影可能枚数に直結するシビアな問題でした。
高機能を維持しながらいかに省電力化を図るのか、カメラ本体を製造するソニー側とも協議を重ね、徹底した最適化を繰り返した結果、『α9 III』でもソニーのフラッグシップ機である『α1』と同等の撮影可能枚数を確保することができました。
いくら先進的な技術であっても、現場で安心して使えなければ意味がありません。尖った技術を、プロやハイアマチュアの方々が信頼して使える実用的な機材へと昇華させたこと。それこそが、この製品で成し遂げた最大の成果だと自負しています。
──次回は、技術の結晶ともいえるカメラの技術革新を支える開発者の情熱と展望に迫ります。
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