熊本大学 半導体・デジタル研究教育機構教授 飯田先生に聞く、半導体と大学の役割

半導体人材の需要に応えるために

──半導体企業の進出が相次ぐ熊本県内の状況を間近に見る熊本大学では、半導体人材の育成に力を入れていると伺いました。まずは、半導体人材の需要について教えてください。

飯田　世界的に、半導体人材は全然足りていません。たとえば台湾では、台湾積体電路製造（以下、TSMC）と大学が連携して人材育成をしていますが、それでもまったく足りないと聞いています。TSMCの日本進出の理由の一つに人材確保があるようです。また、米国の人材不足も耳に入りますね。

日本も例外ではなく、実際に、私たち熊本大学がめざしているのも数千人規模の人材輩出です。ですから、大学の研究室から数十人というような規模では到底足りません。人を集めるべく、中途半端なアプローチではなく、「最初から全部つくり直す」という気持ちで、2024年4月、学部に「半導体デバイス工学課程」と「DS半導体コース」を新設しました。続く2025年4月には、大学院に「半導体・情報数理専攻」を新設します。

加えて、半導体が地場産業である熊本の特徴を生かし、熊本大学ではリスキリングセンターの設置を考えています。社会人の学び直しからも半導体人材を生み出す仕組みをつくっていきたいです。

──学生だけでなく、リスキリングを考える社会人も視野に入れているのですね。

飯田　はい。まだ構想段階ですが、熊本地域の企業に勤める方々のニーズも汲み取りながら進めていくつもりです。日本の半導体産業は、1980年代後半を全盛期として浮き沈みを経験しています。2000年代には業界から遠ざかっていく人たちがたくさんいました。そういった人たちや、すでに社会に出ている方を中心とした半導体リスキリングを推進していきます。

加えて、人材不足解消のためには、半導体産業への印象を変える必要もあるでしょう。今の学生の親世代くらいが、ちょうど半導体産業の浮き沈みを見てきた世代で、半導体に対してマイナスイメージを持つ人も少なくないはずです。ですから、「今は就職先として有望で、社会を支えている、世界に大きなインパクトを与えている魅力的な業界である」などということを伝え、マイナスイメージを払拭していく必要があります。リスキリング機会の提供はまさに、マイナスイメージ払拭の狙いもあります。

半導体産業と地域における大学の役割とは

──半導体産業に対して大学の役割とはどのようなものでしょうか？

飯田　大学は研究機関であるとともに、人材の供給元でもあります。ですから、熊本大学の半導体教育の第1ミッションは、半導体業界に若手人材をきちんと送り出すことです。ただ一方で、半導体の研究や教育には、クリーンルームを始めとした設備投資に莫大な費用がかかります。今後、さらなる人材輩出のためには、資金やネットワークの確保など、全国の大学が連携して環境を整えていく必要があるでしょう。

また、半導体人材がグローバル化する動きに合わせ、熊本大学では、日本の教育機関として初めて、米国政府が世界各国で進めている「高度な英語教育」のサポートプログラムを取り入れています。アリゾナ大学などから英語教育の専門家を招き、半導体分野などの専門分野で求められる実践的な英語のための教育プログラムです。

──海外での就職を希望する学生も多いのでしょうか？

飯田　大学として、国内企業と海外企業を比較して薦めることはしません。ですから正確な数字は持っていませんが、今現在、台湾のTSMC本社でインターンをしている学生もいます。実際、円安などの状況を踏まえ、海外企業に興味をもっている学生は増えていると思います。どちらにしろ、学生にとって選択肢は多い方がいいでしょう。大学としては、さまざまなチャンスを提供していきたいです。

──そのような大学の動きに対し、学生側の反応はどうでしょうか？

飯田　学生からの反応はだんだんと大きくなってきています。新学科の設置や産学連携、新たな英語教育プログラムなど、大学の取り組みに応募してくる学生は少なくありません。おおむね好意的に受け取られているようです。また、情報融合学環には入試に女子学生枠がありますから、女子学生からの反応も一定数あります。

一方で、今、社会を見渡すと、MicrosoftやAppleといった世界的IT企業が、自分たちで独自に半導体の設計・開発を手がけるようになりました。長い間、製品・サービスの差異化に大事なのは「ソフトウェア」だと考えられていましたが、その状況が変わりつつあるのでしょう。生き残るためには半導体が重要な鍵を握ることに多くの企業が気付いた。AIの時代に入って、さらに決定的になりましたよね。そんな社会の動きは、学生にも確実に波及していると思います。

半導体は、専門性を追求できる半面、範囲が広いので間口も広く方向性も多様です。確実におもしろい世界が広がっています。「やりたい」「挑戦したい」と積極的な学生が多いのも熊本大学の特徴です。たくさんの学生に半導体の世界に飛び込んでもらえるとうれしいですね。

──ありがとうございます。次回は、飯田先生の研究室から半導体業界に飛び込んだ2人の熊本大学卒業生に登場いただき、大学時代の学びや半導体の面白さについてお話いただきます。