Contents
半導体を地場産業とする熊本。熊本大学が切り拓く半導体人材育成の新時代
03
2025.06.27
- Text
- :野口 理恵
- Photo
- :平郡 政宏

世界的な半導体ファウンドリである台湾積体電路製造(TSMC)の進出など、地場産業の一つである「半導体」に大きな注目が集まる熊本。2025年2月には約40の企業・団体が参画する業界団体「くまもと半導体グリーンイノベーション協議会」も発足し、半導体関連の企業・団体の活動がますます活発化しています。
今回は、半導体の未来を背負う人材をこれまで以上の規模で育むため、2024年に国内初の半導体学部(学士課程)をスタートさせた熊本大学の半導体人材育成について、同大学 半導体・デジタル研究教育機構で教授を務める飯田全広先生に伺いました。
※編集部注:インタビューは2025年3月に実施
TSMCの進出などで半導体産業が活発化する熊本。半導体人材の世界的な需要増を背景に、国や大学などがさまざまなプロジェクトを始動させるなか、熊本大学は2024年4月、国内初となる「工学部 半導体デバイス工学課程」と、「半導体×データサイエンス」にフォーカスを当てた「DS半導体コース」、および多分野にデータサイエンスを応用する「DS総合コース」を設けた「情報融合学環」を開設し、本格的に半導体人材の育成に取り組んでいます。さらに、2025年4月には大学院に「自然科学教育部 半導体・情報数理専攻」も開設され、学部から大学院まで一貫した教育体制が整います。
日本の半導体政策の重要拠点。産官学が九州・熊本に注力

──先ほど、熊本大学が半導体人材の育成と排出に力を注いでいる背景には半導体人材の不足があると伺いました。
飯田 2020年ごろから、半導体不足は世界的に顕在化していました。日本では、2021年に経済産業省が半導体などのデジタル産業支援についての政府指針「半導体・デジタル産業戦略」を策定し、大学や企業はその方針のもとで動いています。また、2022年には国内の大手企業8社と日本政府が出資する半導体メーカー「Rapidus(ラピダス)」が設立されました。国策ともいえるプロジェクトです。
熊本県では、2022年に、熊本高等専門学校(熊本高専)が半導体人材の育成に取り組む拠点校の一つに指定されています。2023年度には、熊本県が「地方大学・地方創生交付金」の対象に採択され、熊本大学やソニーセミコンダクタマニュファクチャリング株式会社(以下、ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング)などの複数団体によって「半導体産業の強化およびユーザー産業を含めた新たな産業エコシステムの形成」を推進することとなりました。さらに、ソニーセミコンダクタマニュファクチャリングの執行役員兼熊本テクノロジーセンター長を務めていた鈴木裕巳先生を特任教授としてお招きし、ほかの半導体企業・団体に働きかけながら産学連携も加速させています。

これからの「半導体」を支えていく。熊本大学の取り組み

──熊本大学の具体的な半導体人材育成について教えてください。
飯田 これまでも、熊本大学から半導体の世界へと巣立っていった卒業生はたくさんいました。とはいえ、先述したように半導体人材の不足は社会課題ともいえる状況です。
そのため熊本大学では、学内に分散していた半導体に関係する研究者を集約し、半導体とデジタル化に対応した人材をこれまで以上に輩出するために、2022年に「半導体教育研究教育センター」を、2023年に「熊本大学半導体・デジタル研究教育機構」を立ち上げました。さらに、学外から新たな研究者を増やすとともに、学部と大学院の半導体教育を整備してきました。その結果、2024年4月に「工学部 半導体デバイス工学課程」と「情報融合学環」がスタートしています。
半導体デバイス工学課程では、半導体デバイスの製造・評価・開発に携わる教育や人材育成を行なっています。大学で一般的な「学科」ではなく「課程」としたのは、半導体は学ばなくてはならない領域が広いため、半導体の専門領域を軸に既存の学科の枠を超えて学ぶ必要があるからです。学科が一つの学問分野を集中的に学ぶのに対し、課程は学問分野を超えて学ぶということですね。
また、企業と連携した実習なども取り入れ、産業界から直接学べる機会も設けています。たとえば、2018年、先ほど述べた鈴木裕巳先生の主導で熊本大学とソニーセミコンダクタマニュファクチャリングとの共同研究を行っています。

──2024年4月に創設された「情報融合学環」についても教えてください。
飯田 情報融合学環は、デジタル化の時代に求められるデータサイエンスやAIの知識を持つ人材を育成するため、文理融合型で学ぶ学士課程です。社会にあふれるさまざまな情報をどのように活用し、いかに実装していくのかという点で、「データサイエンス」は非常に高い重要性と汎用性を持ちます。たとえば、「医学×データサイエンス」「農業×データサイエンス」などですね。
当学環は、2年次に「DS総合コース」と「DS半導体コース」に分かれます。DS総合コースは、データサイエンスの知識を医学や農業といったさまざまな分野に応用して活躍できるT型人材の輩出を、DS半導体コースは「半導体×データサイエンス」にフォーカスを当て、データサイエンスという幅広い知識を土台に半導体分野の専門性を持つΠ(パイ)型人材の輩出を目指しています。

さらに、2025年4月からは、より高度な専門的知識と技術を学び、半導体人材を輩出するために、大学院組織である「自然科学教育部 半導体・情報数理専攻」が設置されます。
──学部から大学院まで、半導体に関する教育機関が揃ったということですね。
飯田 はい。日本で学部を新設するとなると、新設の準備期間から卒業生を輩出するまで、準備期間2年を含め、学士課程で6年、修士課程で8年くらいかかります。一方、熊本大学では、2022年に半導体人材育成の学部新設準備を始め、2024年に新設された「半導体デバイス工学課程」から、2026年3月に最初の卒業生を送り出します。学部新設準備から4年強という、これまでに私たちが経験したことのない速さとなりました。

──現時点(2025年3月)で何か手応えは感じられていますか?
飯田 半導体デバイス工学課程、情報融合学環ともに現時点では卒業生がでていませんので、大きな手応えを感じるところまではきていません。2025年度に向けて、情報融合学環では、DS総合コースが40名、DS半導体コースが20名とコース分けが終わったところです。DS半導体コースは理系学生の希望が多かったようですが、文理融合なので、文系の方でも選択可能です。文系理系問わず学生の選択肢を増やしていくことが、将来の半導体人材確保につながっていくと考えています。熊本大学の「これから」に期待していてください。
──これから熊本大学で育まれる半導体人材に期待が高まります。本日はありがとうございました。
この記事にリアクションする
