Contents
技術だけでなくビジネスも学ぶ価値創造型半導体人材育成センター
01
2024.11.26
- Text
- :野口 理恵
- Photo
- :平郡 政宏
デジタル技術のさらなる普及や生成AIの急速な発展、各国の産業戦略などを背景に半導体の需要が大幅に増えています。大学や企業などでは、半導体技術者の育成が急務です。
熊本県に台湾積体電路製造(以下、TSMC)の工場が進出し、九州における半導体ビジネスが盛り上がるなか、九州大学は、価値創造型半導体人材育成センターを2023年6月に開設しました。価値創造型の人材育成のために、どのような取り組みをしているのでしょうか。同センターの副長を務める湯浅裕美先生にお話をうかがいました。
九州大学の価値創造型半導体人材育成センターは、半導体業界の人材不足などを背景に2023年に設立されました。同センターの副長を務める湯浅裕美先生に、日本の半導体業界の変遷や現状、学生や社会の捉え方、同センターが提供する価値創造型半導体人材の育成について聞きました。同センターでは、技術的なカリキュラムだけでなく、経営やマーケティングといったビジネススキルも含めた幅広いカリキュラムを提供しています。文理を問わず広い視野を身につけ、半導体業界での価値創造とイノベーションを実現する人材育成を目指しています。
半導体人材が不足している理由は産業の歴史にある?
──九州大学大学院システム情報科学府附属の価値創造型半導体人材育成センターが開設された背景について教えてください。
湯浅 九州大学の価値創造型半導体人材育成センターは、これからの産業を支えていく価値創造型の半導体人材を育てていくため、2023年に開設されました。
その背景には人材不足の深刻化という事情があります。2024年、半導体ファウンドリーの世界最大手であるTSMCが熊本県に工場を稼働させたことなどからもわかるように、半導体の需要は増え続けています。
実は、日本の半導体の世界シェアは、もっとも活気があった1980年代には8割を超えていました。ただ、日米貿易摩擦の影響、特に半導体は1989年の日米半導体協定による貿易規制によって一気に冷え込み、多くの技術者たちは早期退職や別の業界への転職を余儀なくされてきました。
──当時の半導体業界の冷え込みが、今の人材不足に影響を及ぼしているということでしょうか。
湯浅 今30〜40代くらいの世代が就職して社会に出る時期は、冷え込んだ半導体業界が採用を絞っていた時期と重なっていますから、影響はあるでしょう。昨今、各企業は即戦力となる中途採用に力を入れていますが、そもそも技術者が少ないのです。そのため、中途採用だけでなく、これから新しい人材を育てていく必要があります。
半導体を広く学ぶ3つのプログラム
──当事者となる学生は、半導体業界をどのように見ているのでしょうか。
湯浅 ここ2年くらいは、半導体業界を志望する学生が明らかに増えています。半導体不足による影響、各企業や各国の動きなどはニュースになることも珍しくありません。いわば半導体ブームともいえる状況です。社会的な認知度も上がり、「昔は良かったけれど冷え込んでしまった業界」といったネガティブなイメージも少なくなってきています。
そのため、文系・理系問わず学生の認知度は高く、「就職したら楽しそうだし、半導体業界の未来は明るい」というムードが醸成されてきているように感じます。親御さんに関しても同様です。最近は就職活動に親御さんが大きな影響を与える傾向にあり、その世代からの印象はとても大事ですよね。
──価値創造型半導体人材育成センターの特徴について教えてください。
湯浅 諸外国と比較すると、日本の大学にはしっかりとした半導体教育の土台があるため、現在の半導体ブームが来る前から比較的高度で具体的なスキルが身につくカリキュラムが組まれています。
それに加えて、価値創造型半導体人材育成センターは、理系領域の技術的なスキルだけでなく、文系領域のビジネス的なスキルも習得してもらう教育研究プログラムを提供しています。これは「自ら価値を創造し、イノベーションを起こす」「新しい価値を実用化までもっていく」といったことができる人材を育成するためです。
プログラムは、大きく「半導体経営学部門」「半導体社会実装学部門」「半導体設計部門」「半導体製造研究開発部門」に分かれており、たとえば、半導体経営学部門では、マーケティングや競合分析など、経営・経済について学びます。半導体社会実装部門では、応用産業、行政、福祉など、半導体業界を取り巻く状況や社会について。半導体設計部門、半導体製造研究開発部門は、半導体の研究・開発に携わる人材育成を担います。
技術的な側面はもちろん、半導体の歴史を学び、その学びから未来を創っていくような幅広いスキルを身につけてもらいたいと考えています。
──技術だけではなく、ビジネスも学ぶのですね。
湯浅 そうです。だからといって、何でもできて、1人で半導体産業の全工程を担えるような人材になってほしいわけではありません。
ただ、好きなものだけしかやらないと、従来のタコ壺化した研究になってしまう危険があります。タコ壺型研究自体が悪い訳ではありませんが、それに加えて広く学び、半導体を取り巻く周辺情報を理解すれば、好きなものの研究や学びが全然違ってくるはずですし、社会に出て壁にぶつかったときに乗り越えるヒントになるかもしれません。
センターが開設されて間もないため、まだ卒業した受講生がいません。そのため、卒業後の具体的なケースなどをお話しすることができないのですが、受講生には、大学生をはじめ、高専生や社会人、たとえば中央省庁の方もいます。まずは、文系・理系に関係なく、センターの認知を九州大学〜九州エリア全体〜全国へと広げていきたいですね。
――ありがとうございます。広い視野を持った人材の育成に取り組まれているのですね。次回は、湯浅先生のキャリアを伺いながら、大学と企業の役割などを深掘りしていきます。