Contents
半導体エコシステムにおける大学と企業、それぞれがもつ働く醍醐味とは
02
2024.11.26
- Text
- :野口 理恵
- Photo
- :平郡 政宏
九州大学が、価値創造型の半導体人材を育成するために開設した価値創造型半導体人材育成センター。研究・開発といった技術的な側面だけでなく、ビジネス的な側面も学ぶことができるプログラムが組まれているといいます。
同センターの副長を務める九州大学の湯浅裕美先生は、技術者として民間企業に17年間勤めたのち、教壇に立っています。今回、民間企業とアカデミア両方で働く経験がある立場から、ご自身のキャリアについてお話いただきました。
九州大学の価値創造型半導体人材育成センターの副長を務める湯浅先生は、17年間の民間企業での技術者経験を経て、新しい研究への関心から大学に移りました。企業では利益を出すことを命題としてチームで動くため、大きな成果を得やすい環境にありましたが、新しい研究テーマに取り組みにくいという側面もありました。大学では、生成AIなどによりデータセンターの電力消費が急増して、このままでは5~10年後に世界の発電量を超えてしまう可能性を指摘し、スピントロニクス技術を応用した待機電力の削減に取り組んでいます。そのように、小さな技術革新を続けて大きな課題を解決することは、技術者のミッションだと考えています。
民間企業に17年間勤めたのち、研究者の道へ
──湯浅先生は民間企業で技術者としてのキャリアをお持ちです。あらためてご経歴についておきかせください。
湯浅 大学在学当時(1990年代)、研究室に所属して初めてこの世界を知りました。学会の参加者は研究者だけでなく企業に所属する方々も多く、世界的にも元気の良かった日本の製造業は、特許や論文、開発した技術などを次々に発表していました。
学生だった私の目には、「ヘルシーな競争社会」に映り、とてもかっこいい世界だと感じましたね。研究開発の軸が明確で、頑張りが成果に直結しやすいこの業界が私に合っていると思って就職を決めました。
──当時は日本の製造業が世界を引っ張っていたんですね。世界と競争しながら研究・開発に取り組める環境から、大学に移ったのはどうしてでしょうか。
湯浅 17年間、同じ研究開発センターに所属してハードディスクドライブ(HDD)の研究をしていたので、新しいテーマに取り組みたいという思いがありました。
また、入社当時は基礎研究と実用化のための応用研究が近い距離にあった時代で、さきほど述べたように成果に直結する風土が楽しかった一方で、企業では小回りが利かず、新しい研究に取り組みにくい状況だったことも影響しています。1988年に発表された「巨大磁気抵抗効果(GMR)*1」という物理現象が、10年という短期間で実用化されて成功をおさめたことで、その後10年以上、研究費や人員が増えて基礎研究は盛り上がりを見せていました。企業から大学の基礎研究を眺めて、そういった優れた発見を次のデバイスにつなげる研究ができたらなと思い、新しい事をやるために大学に移りました。
*1)巨大磁気抵抗効果:材料の電気抵抗が外部の磁場によって大きく変化する現象。データの読み取りに使用されるセンサーに利用されており、ストレージデバイスの性能向上に寄与している。
大きな成果を夢見て民間企業を選択
――大学と企業の両方で働くご経験をされたなかで、それぞれどのような違いを感じられていますか。
湯浅 企業の場合、命題は利益を出す、「稼ぐこと」です。その分かり易い目的に向かって20〜30人くらいのチームでひとつの研究・開発やプロジェクトに取り組むことが多いので、その分、成果も大きくなりやすい傾向にあります。私が民間企業に就職したいと考えたのは、そういった大きな成果を夢見ていたという理由が大きいです。
大学と企業だけではなく、半導体業界には、基礎研究や応用研究といった研究分野にまたがり、企業の研究所や事業所、国や地方自治体など多くのステークホルダーが存在します。そして、それらを結びつけるエコシステムがかなり広範囲に確立されています。
たとえば、研究から実用化までを「0から10まで」とすると、大学は概ね「0から2まで」を担っています。民間企業の研究所が「3から7くらい」で、実用化にいたる最後のプロセス「8から10」までを民間企業の事業部が担っているといったところでしょうか。
このようなミッションの違いがあります。私の研究分野は応用工学なので「0から1」はなかなかありませんが、この「0から1」と、特に「9から10」あたりはとても難しいプロセスですから、成し遂げる方々を尊敬しています。
電力消費量の増大が喫緊の課題
──湯浅先生の視点で、半導体業界が現在抱える課題を教えてください。
湯浅 このまま技術革新が起きないと、5〜10年後くらいにはデータにかかる電力消費量だけで世界中の発電量がすべて使われてしまうような事態になりかねないと言われています。特に生成AIが注目されるようになり、データセンターの電力消費量はより上がっています。
極論ですが、このままだとご飯もつくれないし、お風呂にも入れないし、クーラーも使えない。でも情報だけは得ることができるといった奇妙な生活になってしまうかもしれません。
これまでも小さな技術革新はありましたが、同程度の技術革新ではプラス2〜3年の延命のみで根本的な解決になりません。今のコンピュータ・アーキテクチャをガラッと変えるような大きな変革がないと厳しいでしょう。
──湯浅先生が研究されている技術は、そのような課題に対してどのような効果が期待されているのでしょうか。
湯浅 私が研究しているスピントロニクス技術*2を、スマートフォンやパソコンなどに使われるシリコン半導体に応用することで、実装されたプロダクトを使用していない待機時の消費電力量をゼロまで下げることができます。既に、TSMC、サムスン、ソニーなどでも製品化されています。
ただ現状では、使用時の消費電力量が上がってしまうため、トータルの消費量は正直なところ損になってしまいます。その弱点を改善するための研究に取り組んでいます。大きな課題に対して、今できる小さな技術革新を続けることは、半導体業界の技術者のミッションだと考えているんです。
*2)スピントロニクス:電子のスピン(回転)を利用した新しいタイプの電子デバイス技術。スピンを利用することで、エネルギー効率が向上し、消費電力を抑えることができる。
――ありがとうございました。次回は、大学や企業が特に力をいれる女性技術者の育成についてお話を伺います。