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社会に実装され、社会を動かす半導体。その産業構造や魅力とは
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2025.06.13
- Text
- :鷲尾 諒太郎
- Photo
- :池村 隆司
- Illustration
- :田中 英樹

テレビやスマートフォン、自動車、家電製品など、私たちの身の回りにあるあらゆる製品に組み込まれる半導体。しかし、その詳細は意外に知られていません。「半導体産業に興味はあるけど、どこから勉強すれば良いかわからない」といった初心者に向けて、有識者に解説をいただくこの企画。お迎えしたのは、2025年1月に『新・半導体産業のすべて AIを支える先端企業から日本メーカーの展望まで』を上梓された、菊地正典(きくち・まさのり)さんです。
前回は菊地さんに、近年世間を騒がせた半導体不足の背景など、半導体産業の現在について解説をいただきました。今回はさらにその歴史を紐解き、半導体産業の構造などから解説をいただきます。
『新・半導体産業のすべて AIを支える先端企業から日本メーカーの展望まで』(ダイヤモンド社)著者、菊地正典さんにお伺いする、「入門書を読むための超・入門知識」。半導体産業は、IDMを中心に、EDAベンダー、IPベンダー、材料・装置メーカーなど役割分担が進んだ複雑な構造を持つ。その背景には、半導体が単なる部品から高度なシステムを担う存在へと進化した事実がある。かつては世界的地位を誇った日本も、革新的技術を生み出せず後れを取ったと菊地さんは指摘する。ただし、物理学と技術が密接に結びつき、理論の社会実装ができる半導体産業には変わらぬ魅力があるとも語る。

複雑な半導体産業は「IDM」を軸にとらえるとわかりやすい
——半導体産業は各社の事業内容が多岐にわたりますが、どのように理解していけば良いでしょうか。
菊地 多種多様な業種で構成されており、かなり裾野が広い産業なので全体像をとらえるのはなかなか難しいため、ここでは的を絞りながら説明していきます。
半導体産業の中で、最もイメージしやすいのがIDM(Integrated Device Manufacturer)と呼ばれる企業群です。IDMとは、半導体の開発や設計から製造、販売までを1社で完結させる企業のことで、一般的に「半導体メーカー」としてイメージされる企業です。たとえばソニーセミコンダクタソリューションズ、インテルやサムスン電子、キオクシアなどが代表的な存在ですね。
IDM以外は、半導体の設計・開発・量産までの一連のプロセスにおける、特定の業務に特化して強みを発揮する企業群を指すジャンル名です。そのためこのIDMを中心に据えて、半導体産業内のほかの業界との相関を図にまとめると、以下のようになります。

菊地 図の上からみて、まずEDA(Electronic Design Automation)ベンダーとは「半導体の設計をサポートするツールをつくっている会社」です。設計を自動化するためのツールなどをIDM(半導体メーカー)に提供し、ハードウェアとソフトウェアの両面から作業をサポートしています。
次にIPベンダー。IPとは「Intellectual Property」の略で、日本語では「知的財産」ですね。IPベンダーはマイクロプロセッサやメモリなど、特定の機能を実現するための設計データや技術=IPを有し、それをIDMに提供する企業のことです。IPベンダーはEDAベンダーが提供するツールを利用してIPを開発・設計しているので、図では相互に矢印を入れています。
そして材料メーカーはその名の通り、製造材料をIDMに提供する企業を指し、装置メーカーは製造に必要な装置を提供する企業のことです。
——「ファブレス」「ファウンドリー」「OSAT」とは、どのような企業を指すのでしょうか。
菊地 ファブレスとは、自社で半導体の製造を行わず、設計・開発に特化した企業を指します。次にファウンドリーは、半導体製造の「前工程」と呼ばれる作業を請け負い、顧客の設計データに基づいた受託生産をしています。この業界のトップが、世界的にも有名な台湾のTSMCですね。最後のOSAT(オーサット:Outsourced Semiconductor Assembly and Test)は、半導体製造の「後工程」を請け負う企業です。ファウンドリーが製造した製品のテストなどを実施しています。
ここまでの話をまとめますと、IDMが半導体を生み出すためのプロセスのすべてを自社で実行している一方、ファブレスやファウンドリー、OSATはその一部のみを担当している企業だということですね。その業界エコシステムの中で、ファブレスやファウンドリーも、IPベンダーや材料メーカーなど、ほかの業界と関わりながら事業を進めています。
——なぜ、このように複雑な産業構造になったのでしょう。
菊地 それは、半導体自体の進化ともおおいに関連しています。半導体産業は、電子機器の中で電気信号の増幅や切り替えを担うトランジスタの開発からスタートしました。つまり、電子機器の「部品」をつくるところから始まったわけですね。
やがて、半導体基板上にトランジスタやダイオードなどの電子部品を集積させたLSI(Large Scale Integration)が生み出され、その後LSIを高性能化させた超LSIが開発されました。さらに時代が進むと、システムを構成するさまざまな機能を一つのチップ上に集積したSoC(System on Chip)が誕生します。
シンプルな電子部品から始まり、非常に複雑な構造を持つシステムそのものへと半導体が進化してきた。つまり現在の半導体産業は、電子機器の部品から、それを動かすシステムそのものまですべてをカバーしている産業になっていて、さまざまな製品をもっと高性能に、もっとスピーディに、もっと低コストに生み出すために、多彩な企業が求められるようになった。こうして、現在の複雑な産業構造ができあがったというわけです。

失われた30年を超えて。半導体産業の変わらぬ魅力とは
——半導体、そして産業が複雑な進化をしていく中で、日本はどのような歴史を歩んだのでしょうか。
菊地 1980年代、日本の半導体産業は世界の中で大きなプレゼンスを発揮していましたが、その後徐々に力を失い、世界に遅れを取るようになりました。

その衰退にはさまざまな要因が絡んでいて、単純化できるものではありませんが、私は「日本から世界を変えるようなイノベーションを生み出せなかったこと」が大きな要因ではないかと思います。
半導体への需要が高まるのは、人々の生活や仕事のあり方をがらりと変えてしまうような技術が生み出されたタイミングです。歴史上、一番最初に半導体へのニーズが大きく高まったのは、電卓が開発されたときで、次にコンピューター、その次がクラウド技術、AIと続きます。
これらの世界を大きく変えた技術開発において遅れを取ってしまったことが、日本の半導体産業の発展にも、影響を及ぼしたのではないでしょうか。
——ITの時代に入り、世界的なニーズを呼び込めるような技術やサービスを生み出せなかったことが、国内の産業の成長を阻害したということでしょうか。
菊地 そうですね。当然のことながら、身近に半導体を必要とする世界的なマーケットが形成されればニーズも高まります。この30年の間、国内において半導体への大きなニーズがつくれなかったことで、日本の半導体産業が世界におけるプレゼンスを失ってしまった。AIに注目が集まる現代においても半導体への需要は高止まりしており、半導体産業と日本経済は一蓮托生の関係にあるとも言えると思います。
——日本の半導体産業がプレゼンスを失った一方で、産業としての魅力は変わらず存在していると思います。菊地さんはどういった点にそれを感じますか。
菊地 私にとっての最大の魅力は、「フィジックス(物理学)とテクノロジーが密接に結びついている」ことです。
フィジックスというのは、モノの理(ことわり)、つまり物理世界の道理や普遍的な法則を追究する学問です。一方のテクノロジーとは、フィジックスが解き明かす物理的な法則を、社会の中で広く用いられる技術に変換するための営みだと私は定義しています。
——具体的にはどのようなことなのでしょうか。
菊地 たとえば、NVIDIA(エヌビディア)が今や半導体産業のみならず、世界のトップ企業に躍り出た要因は、超高性能なGPU(Graphics Processing Unit=画像処理装置)を開発・設計したためです。これは生成AIの根底をなすディープラーニングに不可欠な半導体で、同時に大量の計算を可能にするものです。ちなみにNVIDIAは自社工場を持たず設計・開発に特化しているため、ファブレス企業に分類されます。
ここでは細かな説明は省きますが、GPUが行う演算の理論的なベースは、線形代数学という数学の一分野にあります。CPU(Central Processing Unit=中央処理装置)も線形代数学の理論に基づいた演算をしているのですが、少し計算効率が悪く、膨大な演算には時間がかかってしまう。NVIDIAはそこに目をつけて、膨大な演算をすることに特化したデバイス、すなわちGPUをつくったわけです。
つまり、線形代数学がなければGPUは生まれなかったかもしれないし、CPUやGPUといった半導体がなければ、線形代数学から生まれた理論は社会に実装されなかったかもしれない。線形代数は数学の一分野ですが、それと同じように物理学の理論をベースに設計された半導体も存在します。それぞれの理論をいかに世の中に実装するか。この問いに向き合えることは大きなやりがいであり、半導体産業に従事する面白さだと思います。
——ありがとうございます。次回は、さらに半導体産業の魅力について深堀りしていきたいと思います。
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