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疫病、食料、エネルギー。気象予測が変える、未来の危機対策
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2026.06.24
- Text
- :鷲尾諒太郎
- Photo
- :平郡政宏

地球デジタルツインによる中長期的な気象予測は、私たちの暮らしをどう変えていくのでしょうか。医療、農業、エネルギーなど、その応用範囲は確実に広がっていくとされます。
最終回となる連載第3回では、国立研究開発法人 海洋研究開発機構(以下、JAMSTEC)で、デジタル空間につくり出した100以上の「仮想地球」による季節予測の研究に取り組む土井威志(どい・たけし)さんに、具体的なプロジェクト事例や、社会実装に向けた展望について詳しく伺います。さらに、こうした高度な予測技術を底上げする半導体への期待についても聞きました。
JAMSTECの土井さんらが研究する季節予測は、危機に備えるための時間を生み出します。南アフリカでのマラリア流行への事前対策をはじめ、農業、再生可能エネルギーの運用、水資源管理など、世界中で応用の可能性があります。
そんな日本の強みは、自然災害から人びとを守ってきた歴史を背景に、世界最高峰のスーパーコンピューター「地球シミュレータ」を用いて、高度な気象予測を実行できる点にあります。さらに、そうした強みを生かし、アジアのハブとして、世界の季節予測の発展に寄与していく構えです。
その足元を支える半導体について、土井さんは、ハード側の都合に研究が左右されない「選択肢の多様性」が理想だといいます。日本の半導体メーカーには、単なる計算スピードの競争だけでなく、複雑な計算に特化した、ニッチでも代替不可能な半導体チップの開発を期待しています。
季節予測は、危機に備えるための時間を生み出す

──数カ月後の気象を予測する季節予測は、私たちの社会においてどのような価値を生むのでしょうか。
土井:たとえば、私たちが手がけたプロジェクトの1つに、南アフリカ共和国でのマラリアの流行予測があります。同国では、マラリアの定期的な流行により、多くの命が失われてきました。未舗装の道が多い地域では、ひとたび雨が降ると、水たまりが1〜2カ月もの間残り続けます。この水たまりが絶好の繁殖床となり、蚊の大量発生を招くことが、マラリア流行の引き金となるのです。
マラリアは、流行が始まってから薬を手配したのでは治療が間に合いません。ですから、事前の備えが重要です。数カ月先の降水量を予測できれば、医療機関は治療薬を、行政は殺虫剤を、あらかじめ増強しておくことが可能になります。
──季節予測を応用できる分野はほかにもありますか。
土井: その1つが農業です。気温や降水が収穫量を左右するのは言うまでもありませんが、広大な農地を持つ米国やブラジル、豪州などでは、その状況が国家の輸出額などにも影響を与えかねません。そのため、数カ月先の気象は社会的な関心事となっています。
また、エネルギー分野での活用も期待されています。再生可能エネルギーへの転換が進む中、太陽光発電は天候に、風力発電は風況に左右されがちです。不足分は火力発電などで補う必要がありますが、その燃料は即座に調達できるものではなく、「来週から天候が崩れそうだから、火力発電の稼働を増やそう」といった対応は難しい。数カ月先の確かな予測があるからこそ、より適切なエネルギー運用が可能になるでしょう。
水資源においても同様ですよね。長期間の無降水が予測できれば、ダムの貯水量調整や取水制限の判断を早期にくだすことができます。つまり、あらゆる危機に対して備えるための時間を創出できる。この点においてだけでも、季節予測が社会に与えるインパクトは極めて大きいと思います。
日本の研究がハブとなり、季節予測を牽引していく

——国境を超えた価値の創出が期待されますね。国際社会での役割や日本の強みは、どこにあるのでしょうか。
土井:日本の大きな強みは、アンサンブル予測を自国のスーパーコンピューターで高度に実行できる点です。実は、JAMSTECの「地球シミュレータ」が計算能力世界一のスーパーコンピューターとなった2002年当時、米国の研究者たちは「日本は世界最高峰のコンピューターで環境問題に取り組むのか?」と驚いたそうです。その圧倒的な計算能力を、創薬などの産業よりも環境問題へと向けた姿勢が意外だったようですね。
この研究には、度重なる自然災害から人びとを守るために科学技術を発展させてきた、日本ならではの歴史と誇りがあります。季節予測の条件は地域ごとに異なるからこそ、欧米で開発されたシステムをそのまま導入するのではなく、日本がアジアのハブとなって地域全体をリードしていくべきではないでしょうか。
──その足元を支える半導体、特に日本の半導体メーカーに対する期待などについてもお聞かせください。
土井:現在稼働中の地球シミュレータでは、得意分野が異なる複数種類の半導体チップを組み合わせ、1つのシステムとして最適化する「マルチアーキテクチャ型」という設計が採用されています。あえてこの形をとっているのは、ときたい問題によって最適なチップが異なるため、多様なチップをシチュエーションに応じて活用できる状態が理想だからです。また、特定企業の意向など、ハードウェア側の都合に研究手法が左右されるリスクを避けるためでもあります。研究者としては、常に複数の選択肢が維持されている環境こそが理想なのです。
現在、世界の半導体シェアは激しい競争下にあると思いますが、日本の半導体メーカーには、単に計算スピードを競うだけでなく、さまざまなニーズへの柔軟な対応を期待しています。たとえば、気象シミュレーションの複雑な計算においてアドバンテージを発揮してくれるような特性を持った半導体チップや、それら半導体を効率よく動かすためのデジタル環境の整備など、多様性のある開発を見据えていって欲しいですね。
たとえニッチであっても、「この処理だけは、ほかには負けない」という独自の強みを持った代替不可能なチップが日本から生み出されれば、それはマルチアーキテクチャなどの重要なピースになりますし、世界のシミュレーション科学を牽引する強力な武器にもなるでしょう。私たちもまた、そうした半導体を最大限に生かし、日本のものづくりの技術力、そして先人たちから受け継いだ季節予測への情熱を次世代へとつないでいきます。日本の研究者がリーダーシップを発揮して、世界各国の季節予測の発展に寄与していきたいですね。
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