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「カバヤキのハリガミ」高山羽根子

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2024.08.02

Text
高山 羽根子
illustration
Midjourney

半導体技術者のイメージを起点に、技術の魅力を知るきっかけの物語を生み出すことはできるのか。そんな狙いのもと、「記憶」や「孤独」をテーマにした作品で活躍されている高山羽根子(たかやま・はねこ)さんにご協力いただきました。
まず、高山さんとソニーセミコンダクタソリューションズ(以下、SSS)グループのセンサー開発者たちで座談会を実施。その後、高山さんに10年後の未来を舞台にした3つの作品を書きあげていただきました。(座談会はこちら

続いては、「家族の見守り」を描いた物語です。記録技術の進化と人の縁は、どんな記憶を紡いでいくのでしょうか。

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    カバヤキのハリガミ

     アラートが届いていたのは7分前だったらしい。ちょっと不安になったものの、タグについた重要度は3だった。重要度5以下は、祖母の健康状態にかかわるものじゃない。ただ見守りサービスからのアラートが届くということは、少なくとも祖母の家になにかの問題が起こったことに違いはない。
    「カバヤキが居室内から消失しました」
     カバヤキというのは猫だ。祖父が他界してからかれこれ10年近く、祖母の唯一の同居家族だった。そうか、見守りサービスはいくつかの貴重品にも紛失タグを付けることが可能だったのを思い出した。たいていの場合は防犯対策で、登記簿とか通帳、金庫みたいなものに付けられるんだけど、祖母は猫にそれを付けていたのか。

     祖母に連絡を入れると、それはそれは動揺してひどいものだった。警察にも救急にも電話をしたらしい。
    「大丈夫だよ、カバヤキだってもう10年、そこで暮らしてるんだよ、すぐに戻ってくるよ」
     私はそういいながら、アプリを立ち上げてカバヤキの首輪にあったチップのGPSログを確認する。けれどそのログは、チップが祖母の家から動いていないことを示している。さては、
    「おばあちゃん、また首輪外しちゃったんでしょう」
     祖母は、かわいそうだからとカバヤキの首輪を外してしまう癖があった。こんな時にかぎって、そういうことが起こってしまうのは世の常なのかもしれない。アラートの発生時は、こちらのPCからでも祖母の居室のカメラを起動することができる。ログインすると、小花の柄が入ったワンピース型の室内着を着た祖母が、端末を耳にあてたまま立ったりしゃがんだり、うろうろしているすがたが映る。むしろ私なんかより足腰はよっぽど丈夫そうだった。ただ、メンタルスコアだけは不安と苦痛に振り切っているけれど。
    「待ってて、『ハリガミ』してくるから」
     そう伝えて祖母との通話をいったん切る。地域特化型のSNSであるハリガミは、利用者も地域の人間に限られ身分確認が厳しい。任意の個人情報をマスクしたり公開したり調整ができることで、かつての「不用品もらってください」「盆踊り大会参加者募集」「公立学校の制服おさがりありませんか」等といった募集や告知が気軽に行える。
    「この猫を探しています」
     というタイトルの告知をおこなった。何枚かの画像と、特徴についてのテキスト、それから自分のアカウントを一時的にオープンにして、情報を待つことにした。

     情報が集まってくるのは、考えていたよりずっと早かった。午前中の業務を終えたころ、カバヤキの失踪情報は街中に広がっていた。あの焦茶色の背中と、祖父の好物から取った名前を持った猫の姿を、祖母の日記アカウントで毎日見ている人は思いのほか多かったみたいだ。
    「70%以上の一致率の猫ちゃんがうちの宅配ボックスのカメラの前を通っています」
    「駐車中のボンネットで昼寝している個体は85%の一致率みたいです。古い型のドラレコなのでさほど鮮明なものではないですが」
     どの映像の猫も、たしかにカバヤキだった。人間ほど明確にスコアは出ないけれど、フィジカル、メンタルどちらも大きな問題はなさそうだった。

     そのほかにも、手持ちの端末で撮影された、コンビニ駐車場の車の下でお腹の毛づくろいをしている動画や、商店街の入口にあるたばこ店の店主が取り付けていた、防犯カメラから切り取られたほんの一瞬、ネットで公開されている駅前ライブカメラのスクリーンキャプチャ、温感センサーのちょっとした暖かな塊まで、それらは本来の目的として考えれば猫を探している私たちのために撮られたものばかりではないけれど、結局は、そのいくつもの、この街に暮らすたくさんの人の目、たくさんの人が使う補助的な目の役割をするものが、ほんのちょっとずつ目的の部分だけを切り取られながらここに集まってきているのだった。その画像たちの撮られた時間を追うと、ちょうどカバヤキがどういう道順を辿って、今はどこにいるだろうというのがおおよそ想像できた。私は職場に連絡を入れて午後の業務の調整を申し出たあと、かんたんに身支度を整えて、私鉄で二駅行ったところにある祖母の住む町に向かった。途中電車に乗る前に焼き菓子の箱詰めをふたつ買って行った。まず、祖母の家に行く。泣きそうな顔をしている彼女に焼き菓子のひとつを渡し、
    「カバヤキを捜しに行ってくる」
     と伝えて、猫用のキャリーバッグを受け取った。

     駅からも祖母の家からもけっこう離れたお寺の縁台で、カバヤキは住職さんの膝に乗って昼寝をしていた。住職さんもハリガミのことを知っていた。住職さんにお礼を伝えると、たいしたお世話はしてないですよ、かわいがってご飯をあげただけで、と恐縮しながらも焼き菓子の箱をひとつ受け取ってくれた。
    「猫ちゃんにはいい時代になりましたね。こんなふうにすぐご主人が探しに来てくれるなんて」
    「そうでしょうか、ろくに家出もできなくて窮屈な気もしますけど」
    「いえいえ、街中の人があんな風に気を配ってくれることは、決して悪いことだとも言いきれませんよ。ありがたいことです。長生きもできますし。映像が残るというのは、人の記憶の中の、命のことでもありますから」
     住職さんのことばを聞きながら、祖父が他界したときのことを思い出した。あのころ、こういうサービスがあったら祖父は今どうなっていたんだろうか。日記やこれだけたくさんのライフログの残るカバヤキは、これからもずっと、この街で永遠に生き続けるんだろうか。

     カバヤキは膝から降りて縁側でひとつ伸びをし、前足を舐めて顔をぬぐっている。

    解説

    松浦良(まつうら・りょう)

    松浦:座談会のなかでも、性善説・性悪説の話もさせてもらいましたが、まさに使い方しだいで、テクノロジーが本当に日常をそっとサポートしていますよね。こういう未来が訪れたら嬉しいと心から感じられた、テクノロジーを優しく取り扱う作品だなと。

    河野壮太(かわの・そうた)

    河野:本当にこんな風に技術を活用してほしいと感じます。私たちが日頃取り組む半導体開発は、無機質なものと思われがちですが、人間や生き物の温かみが感じられるテクノロジーのあり方を表現していただいてますよね。

    現在、街中で活用されている身近なセンシング技術といえばセキュリティカメラ。そのセンサーはさまざまな情報を取り込む機能を備えていますが、作中では目的に応じ必要なデータを切り取って適切な範囲で活用しているように読めました。そこに、すごく意味が込められてると感じます。

    松浦良(まつうら・りょう)

    松浦:現在は作品で描かれる精度でメンタルスコアをセンシングする技術はありませんが、いずれ実現したいですよね。また、それを人間ではなくペットに適応できるってアイデアもすごい。

    人間以外の生物への倫理的な姿勢が求められるなか、今後の未来社会においてセンシング技術が役立つ可能性を描いていただいたことが嬉しいですね。

    ※本作品のもとになった取材の内容はこちら

    03 「スタッフ・ロール」高山羽根子
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    SF作家×センサー開発者

    クリエイティビティ×テクノロジーで未来世界の物語を描き出す。芥川賞作家・高山羽根子の挑戦:小説編

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