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「スタッフ・ロール」高山羽根子

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2024.08.02

Text
高山 羽根子
illustration
Midjourney

半導体技術者のイメージを起点に、技術の魅力を知るきっかけの物語を生み出すことはできるのか。そんな狙いのもと、「記憶」や「孤独」をテーマにした作品で活躍されている高山羽根子(たかやま・はねこ)さんにご協力いただきました。
まず、高山さんとソニーセミコンダクタソリューションズ(以下、SSS)グループのセンサー開発者たちで座談会を実施。その後、高山さんに10年後の未来を舞台にした3つの作品を書きあげていただきました。(座談会はこちら

最後は、「モノづくり」を描いた物語です。クリエイティビティの連鎖によって世界はどんな進化を辿っていくのでしょうか。

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    スタッフ・ロール

     「シマダさんは」
     とカトウさんがたずねて来た。サラマさんが、
    「シマダさん、検査が終わるのがお昼過ぎなので、ヘンシュー会議の参加すこし遅れるそうです」
     と答えると、カトウさんが、あ、そうだった、と小さい声で言った。

     シマダさんはいま、ヨーロッパで体の検査をしている。しばらくして会議の画面に参加をしてきたシマダさんはいつもの笑顔だった。ただ、病棟のロビーなのだろうか、薄暗かったのできっと向こうは夜だ。
    「子どものころ、とっくに終わった治療なんですけどね」
     シマダさんは子どものころ、すごく珍しい病気にかかったらしい。別の国に行って治療をして、うまくいってからもその検査とデータ提供のために、数年に一度その病院に行く必要があるという。その話を聞いたとき、私もカトウさんも、グウェンさんもとても驚いた。シマダさんはふだんまったく問題なく私たちと一緒に働いていたし、体調が悪いなんてこと全く感じさせなかった。
    「だから、もうとっくに治ってるんですってば。いま来てるのは、これからの人たちのもっといい治療のための協力ってだけで」
     私たちにただよう、ほんのわずかな心配に気づいたか、シマダさんはそう言って笑っていた。
    「ただ、そういう経験をしてるからできる提案もあるかもしれないっていうのは、思ってるんです」
     こうやって遠くの場所で、病院に入院しながら会議に出られることを、便利に思う反面、どこでも仕事ができてしまってつらいと思う人だっているのかもしれない。でも、たとえば子どものころからベッドで寝たままの人が、カフェの店員やプログラマ、購入するスマートフォンの機種とプランをアドバイスする仕事を”選ぶことができる社会”は、必ずしもひどいものじゃないはずだ。また、そうやって働きながらなにかに挑むこともできる。サラマさんは、大事なうちのチームのヘンシューメンバーだけど、映画祭の短編部門で賞を取った映画監督でもある。

     ヘンシュー会議に参加しているのは20人。直接参加の人も、オンラインの人もいる。ヘンシュー会議とは言っても、雑誌やウェブサイトの読み物を作っているわけじゃない。広告や街づくりといった、建築なんかも含んでの、もうちょっと幅の広いものだった。

     すこし前なら、こういう会議にちょっとした時差や画像のリアルタイムの歪みはあっても、無いものとして気にしないように進めていた。いまは、目の前にいるのと変わらないような会話ができる。資料の一部分をハイライトして共有しながら書きこむ、というように、場合によっては現実に集まっての会議よりも便利になった部分だってある。いまのシマダさんみたいに大きな声を出しての発言が難しい環境にいるときには、テキストだけで参加することもできる。翻訳だって読み上げだってできるのだから、どんな環境から、どんな状況の人でも会議の参加自体はできる。

     会議のメンバーはみんな欠かせない主力と言っていいひとたちだけど、多くがフリーランスなのでどこで何をして暮らしているのかはわからない。ただ少なくともこの会議のときだけは、みんなきっちりと集まってくれる人たちだ。毎回の会議が終わればみんなが用意してきてくれた資料はまとめられ、議事録もメンバーに公開される。そうしてあらゆるプランの骨格が、ひと回りずつ大きくなってゆく。試作品ができればまたそこから意見が引き出され、トライ&エラーを繰りかえして情報はどんどん膨らんで、そういったたくさんのアイデアを食べて、いくつものプロジェクトが私たちの子どもみたいにすくすく育っていくのを見守るのは、ほんとうに楽しかった。

    「でもまあ、早いとこ帰って、直接の会議に参加したい気持ちはありますよね」
     シマダさんは暗がりの中、ライトもつけられない病院であくびを噛み殺しながら、
    「実際会った方がやり取りできる情報量はずっと多いわけだから」
     と続ける。
    「だからこそ、シマダさんはそっちに直接行ってるんでしょう?」
    「たしかに」
    「元気なら退屈ですよね、シマダさんのことだから」

      シマダさんはふだんいつも、オフィスでは私なんかよりもずっと歩き回っている。物を作るのにあんなに歩き回る必要はないんじゃないか、ってみんなは言うけれど、それが自分の”やりかた”なんだとシマダさんは笑う。

     会社の机には奄美大島かどこかで参加したトライアスロンの大会で、シマダさんがパートナーとふたりで、完走証明をかざす記念写真が飾ってあった。

    「こんだけ何もしない時間というものはもう何年もなかったので、かえっていろんな考えが浮かんできましたけどね。頭の中でたくさんの試作をだめにしました」
    「試作品はこっちで形にしたら、もっといろんなことがわかると思います。もちろんダメなこともあるし、ひょっとしたらこっちでならうまくいくこともあるかも」
    「いろんな種類の”やりかた”を選びながら続けたほうが、いろんなものが”見える”し、”進んで”行きやすいですからね」

     シマダさんの言う”見える”や”進む”というのは、たぶんこの会社でやっているプロダクトの進行のことだけじゃなくて、きっとそれぞれの個人の生きかたの「進化」でもある。ここで作られるものは、私の人生の一部でもあるし、シマダさんの人生の一部でもある。もちろん、リリースされたあかつきにはユーザーの人生の一部にもなる。

     もし、より良い社会とやらのために作られるものたちが個人の犠牲から成り立つばっかりなら、きっと人類の進化なんて頭打ちなんじゃないだろうか。ユーザーのより良い人生のためのプロダクトの制作自体が、たずさわるスタッフみんなのより良い人生ための一部だとも。

     このプロジェクトの完成後には、たくさんの人のスタッフロールが流れる。こういうものをスローモーションにして、それぞれの名前に注目しながら見る人はあんまりいないかもしれない。でも、端末をかざしてそのひとりひとりを検索してリンクをたどれば、メンバーひとりひとりがその人生で築き上げたものたち、映画祭に提出した作品やトライアスロンの様子、難病の画期的な治療法がヒットするはずだ。その人が生きてきた中で得たすべての知識や経験の集積が、きっとあらゆるプロジェクトの栄養になっている。

    解説

    河野壮太(かわの・そうた)

    河野:場所も国境も選ばず、多種多様な人が自由に意見交換し一つのものを作り上げるって、私たち技術者からすると、かなり
    想像を超えた未来の世界観と感じました。

    松浦良(まつうら・りょう)

    松浦:ダイバーシティの尊重がテクノロジーで実現されている状態を表現されているのかと感じました。すごく未来感があります。

    河野壮太(かわの・そうた)

    河野:ただ、読んでいるうちにその世界観のベースには、ものづくりにチャレンジしたい人が好奇心を発揮するソニーの企業風土も感じましたね。

    スタッフ・ロールというタイトルの通り、作り手の思いを伝えることをテーマに描かれた作品ですよね。今自分たちが作るイメージセンサーを通じ、ユーザーに思いを伝えることは難しい。もし、エンジニアや作り手の思いをユーザーに伝えられる世界がやってきたら、ものづくりをする私たちにとって、すごく素敵なことだと思います。

    松浦良(まつうら・りょう)

    松浦:そうですね。私は、輝く星が集まって何か一つのことを成し遂げるようなイメージを思い描きました。作り手の力強さも感じられる作品として読ませていただきました。

    ※本作品のもとになった座談会の内容はこちら

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