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「テクノロジーがあったから、表現を始めた」映画作家・吉開菜央の原体験
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2025.02.28
- Text
- :鷲尾 諒太郎
- Photo
- :平郡 政宏

高品質な映像を手軽に撮影・編集できるツールが普及したことで、個人や小規模なチームによる創作活動の裾野は広がり続けています。テクノロジーの進化にともなうツールの民主化が、映画作家たちのクリエイティビティをどのように支援できるのでしょうか。
「テクノロジーがあったから、表現を始めた」自身の映像制作の原体験についてそう語るのは、ダンサー、振付師、映画作家とマルチに活動をするクリエイター 吉開菜央(よしがい・なお)さん。本特集では、吉開さんに作品づくりについてうかがいながら、ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社(以下、SSS)で主にミラーレスカメラ向けのイメージセンサーを開発している上村晃史(うえむら・こうし)さんと議論を深めていきます。
初回は、吉開さんが映像制作の道に選択したきっかけにフォーカス。クリエイター活動の原点に迫ります。
ダンサー、振付師、映画作家の吉開菜央さんは、映像制作においてテクノロジーが果たす役割を強調します。ダンサーを目指していた大学時代に偶然出会ったAdobe Premiereが、映像制作の道を開いたと述べています。テクノロジーがなければ、彼女は映像をつくることはなかったと感じており、独学で学びながら創作意欲が高まったと語ります。
また、吉開さんはカメラ選びにおいて「色」を重視し、作品の世界観に合った色を表現したいと述べています。特に、『まさゆめ』という作品では、ソニーの「α7S II」を使用し、求める色調を実現できたと言います。彼女は、カメラの進化が自身の作品にも影響を与えていると感じており、技術の進歩が表現活動を拡張する鍵であると認識しています。


そこに映像編集ソフトが無ければ、映画を撮ることはなかった
上村 吉開さんは映画作家として、映画からミュージックビデオ、CMなどさまざまな作品を生み出されています。吉開さんの表現にとって、テクノロジーはどのような役割を担っているのでしょうか。
吉開 私の場合、「何か映像作品を通して表現したいものがあったからテクノロジーを活用した」というのもありましたが、「テクノロジーがあったから、表現を始めることができた」と思っています。というのも、もともとダンサーになりたくて上京して、日本女子体育大学でダンスを学んでいました。その時点では映画をつくりたいとはまったく思っていなかったのですが、大学にポツンとすべてのAdobeのソフトが入ったPCが置いてあったんです。
ダンス作品の記録映像を編集することもあったので、先生に相談したところ「そこにあるPC使えばいいじゃん」と。それからAdobe Premiere Proを触り始めました。すると、映像編集のおもしろさに取り憑かれてしまった。
もともと表現したい、つくりたいという気持ちはあったのですが、大学のPCにPremiere Proが入っていたおかげで、期せずして本格的に映像制作を始めることができた、という感覚です。独学ながらツールを自由に扱えたおかげで、創作への意欲もさらに高められたと思います。

具体的に言うと、自分の中で「こういうものをつくりたい」と、ある程度完成形のイメージを持って編集を始めるわけですが、まれに意図を超えたものができ上がるんですよね。後から消去するつもりで適当に編集ソフトのタイムライン上に置いておいた素材が、動画の流れにうまくハマって、自分では想像していなかった流れや味付けが生まれることがある。
自分が編集ソフトを“使っている”のではなく、自分と編集ソフトが“一緒に映像をつくっている”、テクノロジーによって創造性が喚起されるような感覚を覚えました。より本格的に映像を勉強したいと思って、大学卒業後、東京藝術大学大学院の映像研究科に進むことにしましたんです。なので、もし大学にAdobe製品が入ったPCが置いていなかったら、私はいま映像をつくる仕事はやっていないと思います。
カメラの「できること」が、作品で「見せたいこと」を変えていく
上村 必要に駆られてツールに触れたことを契機に創作の道を歩み始めた、というのはすごく興味深いお話ですね。ではより直接的な技術について、映画作家として作品をつくる際に用いるカメラにはどのようなこだわりがありますか。
吉開 映像作品を撮るようになってから、いくつかのカメラを使ってきましたが、カメラ選びの際に重視しているのは「色」ですね。これまで、想像の中にある作品の世界観に合った色が出るかどうかを念頭に選んできました。
たとえば、2021年に公開された映画『Shari』は知床半島の斜里町を舞台にした作品ですが、斜里町はとても自然が豊かで、この町の空を見たとき「このままの色を届けたい」と強く感じたんです。いわゆるカラグレ(カラーグレーディング:撮影した映像素材の色を補正する作業)をすること自体が無粋に思えてしまって。なので「見たままの色」を撮れることを重視してカメラを選択しました。
これはぜひ上村さんに聞いてみたいのですが、そのカメラがどのような色を表現できるか、一番大きく影響するのはどの部分なのでしょうか。

上村 釈迦に説法かもしれませんが、デジタルカメラには「イメージセンサー」というものが搭載されています。そしてイメージセンサーは、画素(フォトダイオード)、読み出し回路という主要部位から構成されていて、その中でも色は、画素の中のカラーフィルターが色を決める役割を果たしています。少し細かく言うと、レンズを通して入ってくる光を、レッド(R)、グリーン(G)、ブルー(B)といった色に分離します。
物質の色は、その物質が反射または透過する光の波長によって決定されます。そしてカメラがとらえる像は、どの色の領域の波長をどれだけ取り込むかによって見え方が変わります。私たちはカラーフィルターの素材から開発し、色の表現にはこだわりを持ってイメージセンサーをつくっています。
吉開 イメージセンサーが、カメラがとらえる色を左右すると。
上村 基本的にはイメージセンサーなのですが、そのほかの部分でもカメラメーカーごとの特色があります。たとえば、ソニーのカメラはピクチャープロファイル(映像の特徴を決める階調(明暗のトーン)や発色などの設定値を調整、変更するメニュー)という機能を用意していて、その中にはシネマライクな色で映像を撮るための設定も用意しています。

吉開 2024年の最新作『まさゆめ』は、ソニーの「α7S II」をメインに撮影しましたが、まさにその設定を活用させていただきました。もちろん、最終的にはカラグレをするのですが、私が理想とする色調の映像を撮れている感覚があってとても有り難かったですね。
カメラって、本当に次から次に新しい機種が発売されますよね。そのたびに撮ることができる画が大きく変わり、その変化は私の作品のトーンなどにも影響しています。作品を撮っているとき、カメラは私の眼であり身体です。カメラの進化に伴って、私の作品も変わっていることを感じますね。



上村 技術の進歩によって表現活動が拡張されているわけですね。お話をうかがっていて、自分ごととしてうれしいですね。では次回は、吉開さんが作家としてこだわっている表現とテクノロジーの関わりについてより具体的な方向に深掘りをさせてください。
吉開 はい! よろしくお願いします。

