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「賢さ」と「盛り上げ」のせめぎあい。三宅陽一郎が語るゲームAIの歴史
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2024.06.19
- Text
- :松本 友也
- Photo
- :平郡 政宏
世代や地域を問わず、世界中の人を熱狂させるデジタルゲーム。実は今、ゲーム制作で培った知見を、現実のさまざまな課題解決に役立つことが期待されていることをご存じでしょうか。本特集では、特に「ゲームAI」と「センシング技術」にフォーカスし、その可能性を探ります。
ゲームAIは、どのような仕組みで成り立っているのか。立教大学大学院の特任教授でゲームAI研究の第一人者、三宅陽一郎(みやけ・よういちろう)先生に、その歴史を紐解きながら語っていただきました。
ゲームAIはデジタルゲームの誕生とともに生まれ、対話型ゲームとアクションゲームの2つの源流がある。対話型は1960年代の「ELIZA」に始まり、アクションゲームは『パックマン』の敵キャラクターのアルゴリズムが起源となっている。1990年代以降、3Dグラフィックの普及により、AIの役割が複雑化し、ステートマシンやビヘイビアツリーといった新しい手法が導入された。一方で、今隆盛のディープラーニングの応用は、格闘ゲームやレーシングゲームなどの一部のジャンルを除き足踏みをしている。
デジタルゲームはAIとともに生まれ発展してきた
──まずは、ゲームAIの起源について教えてください。
三宅 ゲームAIは、デジタルゲームの誕生とともに生まれました。デジタルゲーム以前に存在していたボードゲームやスポーツといったゲームの多くは「人間の相手を必要とする」ものでした。デジタルゲームは、その相手役を人工知能によって自動化したものと言えるでしょう。なので、言ってしまえばゲームAIとはデジタルゲームそのものなのです。
もちろん、すべてのゲームが同様のAIで動いているわけではなく、ジャンルによって分けられます。ゲームAIには大きく2つの源流があり、1つは対話型ゲーム、もう1つはアクションゲームです。
──どんなAIだったのか教えてください。
三宅 対話型の起源は、1960年代にマサチューセッツ工科大学(MIT)で開発された「ELIZA」というプログラムです。ELIZAは自然言語処理技術を応用したシミュレーションシステムで、ユーザーが入力したテキストに対して、自動で応答を返してくれます。もともとはカウンセリングを再現するために開発されたプログラムですが、そのやりとりは今見ると非常にゲーム的に感じられます。
実際、ELIZAとのテキストコミュニケーションを応用すれば、簡単なゲームはすぐにつくれてしまいます。たとえば「あなたは今、荒野にいます。どちらに向かいますか?」といったテキストが提示され、「東」や「西」といった回答を選ぶと、その先のテキストが分岐していく。ただこれだけでも、十分にゲームになります。いわゆるアドベンチャーゲームは、ほとんどすべてこの仕組みの発展形と言えます。
──アクションゲームについてはどのような発展があったのでしょうか。
三宅 アクションゲームの特徴は、リアルタイム性です。ゲーム空間を敵キャラクターが動き回り、プレーヤーキャラクターがそれを倒したり回避したりするというものですね。ここで敵キャラクターの動きを制御するために、AIが必要になります。
最初期の70年代ゲームなどは、敵の動きはあらかじめプログラムされた同じ動きをするだけでよかったため、AIは必要ありませんでした。ですが、より刺激的でおもしろいものを開発するために、「プレーヤーキャラクターの動きに合わせて行動する敵」を登場させたいと開発者は考えるようになります。ここでAIが必要になってくるわけです。
その起源といわれているのが、『パックマン』(1980年発売)です。パックマンに登場する4種類の敵は、それぞれ独自のアルゴリズムによって行動が決められています。ひたすらパックマンの後ろを追いかける敵もいれば、パックマンの動きを先回りして動く敵もいる、といった具合です。
──決まった行動を取るのではなく、こちらの動きに合わせて意志を持って行動しているように感じるわけですね。
三宅 先回りされると、「こいつ賢いな」と感じるじゃないですか。敵キャラクターにリアルな行動をさせることが、アクションゲーム的なゲームAIの役割なんです。ちなみに、ただ賢ければよいというわけでもありません。アクションゲームにおける敵キャラはあくまでも「盛り上げ役」なので、プレーヤーが勝てないぐらい強すぎてはいけないんです。
「賢さ」をつくる仕組みの変遷
──ここまでのお話はゲームAIの「源流」ということでしたが、現在ではまた異なる流れになっているのでしょうか。
三宅 今ではその2つの流れはいったん合流していると考えています。1990年前後からでしょうか。多くのゲームに3Dグラフィックが用いられるようになり、アクションRPGというジャンルが誕生します。
そしてゲーム空間が3D化されたことで、AIの役割にも相当な変化がありました。というのも、敵キャラクターの動きに自由度が増した分、「賢く」動かすのも大変になってしまったんです。
もともと1980年代ごろまでは、敵キャラクターの動きは単純なルールの組み合わせによって表現されていました。「敵が近づいてきたら攻撃する」といったシンプルな命令です。ただ、ゲームが複雑化すると、与える命令もどんどん増えていきます。すると、どこかでルール同士が矛盾してしまうのです。
──あまり複雑な分岐はつくれないんですね。
三宅 そうです。そこで、1990年代後半に生まれたのが「ステートマシン」という方法です。これは敵キャラクターを、「警戒」、「追跡」といった「状態(ステート)」によって管理する手法です。2010年ごろまではこの手法がよく使われていました。
ただ、ゲームが複雑になっていくと、この方法でもうまくいかなくなります。状況が複雑化するにつれて、状態が循環しやすくなるためですね。そこで、次に流行したのが「ビヘイビアツリー」という意志決定モデルです。「ビヘイビアツリー」はその名の通り、ツリー構造で行動を決定します。そのキャラクターの行動が常に一意に定まる仕組みなので、複雑な選択肢を持たせても行動が循環しないのが利点です。今はこの手法が一番使われていて、ゲーム全体の8割ぐらいで導入されています。
実は相性が良い?悪い?ディープラーニングとゲーム開発
──ゲームAIの仕組みが意外とシンプルなことに驚きました。たとえば、ディープラーニングで学習させたAIを用いてキャラクターの行動を制御する手法は採用されないのでしょうか。
三宅 実は、ゲームAIにおけるディープラーニングの応用は進んでいません。相性がいいジャンルは、格闘ゲームやレーシングゲームぐらい。実際、レースゲームの『Forza Motorsport』(2005年発売)などは昔から強化学習を用いたAIが入っていますね。
──なぜ、進んでいないのでしょうか。
三宅 では次回、その理由を説明しましょう。