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技術がつなぐゲームと現実。カギは「感情」と「空間」

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2024.06.19

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松本 友也
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平郡 政宏

ゲームAI研究者の三宅陽一郎(みやけ・よういちろう)先生にゲームAIの進歩がもたらす可能性についてうかがう特集の第3弾。
最後は感情や空間をセンシングする技術がゲームづくりにもたらす変化について。また、ゲームAIの力で現実世界に生かすカギとなる「空間AI」についてもお話をうかがいました。技術をハブとしたゲームと現実の変化に迫ります。

技術の進歩とゲームづくりのこれからに関して、2つの話が上がった。ひとつはセンシング技術で、心拍数や血圧、視線、表情などの生体情報をリアルタイムで取得し、プレーヤーの心理状態をゲームに反映させることで、動的なゲーム展開が可能となりゲーム体験を向上させる。もう一つの技術である空間AIは、たとえば最適な攻撃位置を指示するAIがキャラクターの動きをサポートするもの。デジタルツイン上での活用で、シミュレーションを通じて効率的な運用や問題解決を支援する。ゲーム内のインタラクティブな要素は現実空間に応用可能であり、ゲーム開発者の知見がゲーム以外の分野でも重要な役割を果たすことが期待されています。

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    プレーヤーの心理状態をセンシングして体験を向上させる

    ──これまで、センシング技術はどのようにゲーム開発に活用されてきたのでしょうか。

    三宅 たとえば、高性能な生体センシング機器があれば、心拍数や血圧、視線、表情といった現実世界のユーザーの身体情報をゲームに送れますよね。そうするとプレーヤーの心理状況などのフィードバックが可能になります。現状では、プレーヤーとゲームをつなぐデバイスはコントローラーぐらいなので、たいした情報は送れません。

    しかし、心拍数や血圧、視線、表情などの情報をリアルタイムに取得できれば、そこからプレーヤーの感情を読み取り、その結果に応じてゲームの展開を変化させるといったこともできるかもしれません。たとえば『Left 4 Dead』(2008年発売)の開発中では、ユーザーの緊張度の指標としてプレーヤーの手の発汗量を計測し、それによってモンスターの出現タイミングと頻度を変更するといった機能を搭載していました。製品版では、ユーザーとゲームのログ情報からユーザーの緊張度を推定しモンスターの出現タイミングと頻度を変更するといった機能となっています。

    また、プレイ中ではなく、開発中における活用であれば、もっとハードルは低そうです。実際、開発中にデバッグ担当者にセンシング機器を付けてテストプレイを行うというやり方は、すでに一部採用されています。

    もっとも、最近のゲームはリリース後にアップデートを行うのも当たり前になっているので、開発中かどうかで分ける必要もないのかもしれません。今でも、ユーザーのプレイデータを統計的に集めて、「このステージは脱落率が高い」といった情報をアップデートに役立てたりもしているので。

    ──もしセンシング機器がより高性能になったら、取得してみたいパラメータはありますか。

    三宅 パッと思い浮かぶのは表情でしょうか。プレイ中のユーザーの表情から、その時々の感情が判別できれば、開発はもっとやりやすくなると思います。ゲーム開発者が一番怖いのは、ユーザーが飽きている状態なので。

    三宅陽一郎先生

    ゲーム業界で培われた「空間AI」技術がデジタルツイン時代に生きる

    ──ゲームAIを現実に応用することは可能なのでしょうか。

    三宅 ゲームAIを現実に応用するなら「空間AI」ですね。デジタル空間の中にインタラクティブな要素を埋め込む方法については、ゲーム業界に固有の知見が溜まっています。

    たとえば、ゲーム内の「ドア(扉)」は、他の壁とは異なる特殊な機能が付与されていることが多いですよね。プレーヤーキャラクターが近づくと、「開けられる」ことを示すために光ったり、勝手に開いたりするわけです。こうした自動化の工夫を空間そのものに埋め込むのが、ゲーム業界ならではの空間AI技術です。

    空間をAI化するメリットは、個別のキャラクターAIをサポートできる点です。たとえば、魔法を撃つキャラクターがいるとして、そのAIが「最適な魔法攻撃位置を探す」のは大変なんです。まず高所であること、そして自身が身を隠す遮蔽物があることなど、これを3D空間でAIに一つずつ判断させるのは非常に骨が折れる。でも、空間側に「最適な魔法攻撃ポイントを指示する」AIを埋め込んでおけば、敵キャラクターはその指示に従って特定のポイントに向かえばよいだけなので、簡単にベストな攻撃位置を取ることができる。

    三宅陽一郎先生

    ──キャラクターたちが動きやすいような指示を出す空間を司るAIが発達しているんですね。確かに、これをデジタルツインなどに応用すれば、現実空間でも施設利用などが便利になりそうです。

    三宅 まさにそんな活用イメージを考えています。今のAIは、基本的に現実空間の認識が苦手なんです。だから、現実の中でAIを動かそうとするよりは、一度現実をセンシングしたデジタルツインをつくって、その中でAIを動かす方がよほどうまく動くんですよ。

    ただ、こうした「空間の側にAIを埋め込む」アイデアは、AI研究者はなかなか取ろうとしないアプローチです。なぜかというと、AI研究者が目指しているのは「個々のAIエージェントを賢くする」ことだからです。賢いロボット、賢いAIをつくりたい、という素朴なロマンがけっこう根強いんですよ。

    ──空間AIについては、ゲーム業界がそれこそ何十年も取り組んできた知見があると。そう考えると、ゲーム開発者の活躍の場は、ゲームだけに留まらないのかもしれません。

    三宅 特に今後はそうなっていくと思います。現実空間がどんどんデジタル空間化されていき、デジタルツインが当たり前の状態になれば、ゲーム開発者の知見は今以上に重要なものになるはずです。

    ただ、そのことについてのゲーム業界側からの発信が足りていないのが現状です。ゲームAIについても、ディープラーニングや生成AIの流行によって、真価が見えづらくなっています。大事なのは、ゲームで言えば「ユーザーに楽しんでもらう」という一つの目的を実現するためにキャラクターや空間がインタラクティブに振る舞う仕組みであって、われわれはその技術をずっと磨いてきたわけです。ゲームAI技術を他の業界でも活用できるように、あるいはゲーム研究者ではない人がゲームAI技術を活用できるように、これからも研究と発信を続けていきたいと思います。

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