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AIは生命の「進化」を学習し、再現できるのか?
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2024.03.28
- Text
- :松本友也
- Photo
- :平郡政宏
ChatGPTを始めとした生成AI(人工知能)の隆盛については今さら言及するまでもないかもしれません。AIが知的労働の一部を代替するようになりつつあるなか、人間はどのように創造性を発揮していけるのでしょうか。そのヒントになり得るALIFE(人工生命)という研究領域があります。生命の終わりなき進化のプロセスを人工的に再現していこうという試みをとおして、創造性に対する理解を深めることで、これからの社会にどのようなヒントを与えてくれるのでしょうか。筑波大学大学院システム情報工学研究群で人工生命の研究を続ける第一人者である岡瑞起先生に、ALIFE研究の潮流について伺います。
ALIFEは生命の「進化」を再現しようとする学術分野。自然の進化プロセスを模倣し、機械が自己進化する可能性について筑波大学大学院システム情報工学研究群の岡瑞起先生に伺った。彼女によると、AIとALIFEは元々は異なる概念だったが、最近の大規模言語モデルの発展により、人工知能の「汎用性」と「自己進化」に関する議論が重なり合ってきている。人工知能が自ら新たな基準や創造性を発揮できる可能性もある。AIが感情や他者の行動を理解するようになることで、生成エージェントの研究も進化する。これは、エンターテインメントやコンテンツビジネスに革新をもたらす可能性があり、現在、この分野には多くの研究者が取り組んでいる。人間の創造性とAIの組み合わせが、新たな社会的変革をもたらす可能性を秘める。
汎用人工知能の先にある「自分自身を進化させる」AIの実現に向けて
──ALIFEとは、どのような分野なのでしょうか。
岡 生命の本質を「進化し続けること」と定義し、コンピューターを用いて、それを人工的なアルゴリズムとして再現しようとしています。古典的なALIFEでもっとも有名な例としては、単純なルールの組み合わせで無限のパターンを自己生成する「ライフゲーム」などが挙げられます。あるいは自律的に行動するロボット掃除機などもALIFEのひとつといえます。
自然界の生命は、自らの種を再生産し、複雑さを増しながら進化するプロセスを48億年かけて繰り返してきました。そのオープンエンド(終わりのない)なプロセスを再現できれば、自ら進化し続ける機械を作ることができます。たとえば、新しいものを生み出し続けたり、クリエイティビティを発揮したりする仕組みを人工的に作り出せるかもしれません。
──AIと語感の上では似ていますが、両者にはどのような関係があるのでしょうか。
岡 もともとは別の過程で発展した概念です。ただ、実は大規模言語モデル(Large Language Models、LLM ※巨大なデータセットとディープラーニング技術を用いて構築された言語モデル)の誕生以降、両者の距離は近づいています。というのも、長らく人工知能研究の目的だった「汎用人工知能(Artificial General Intelligence 、AGI)」、つまり人間よりも賢いAIの実現が、かなり現実味を帯びてきているのです。
そこで次なる目標として取り沙汰されるようになったのが、「スーパーインテリジェンス」です。これは「自分自身を進化させられる人工知能」のことを指しますが、この定義が人工生命分野における「オープンエンドな進化」の定義に非常に近い。オープンエンドな進化を目指しているという点で、今や人工知能の分野と人工生命の分野はほとんど重なっているといえます。
AIはどのように創造性を発揮できるのか
──オープンエンドな進化にたどり着くための鍵は何なのでしょうか。
岡 AIが自らを進化させる上で大きな壁となるのが、「どのように進化するべきか」という基準の設定です。従来は、人間が「優れているとはこういうことだ」という定義を与えて、そこに向けて性能を向上させるというアプローチが取られていました。しかし、それではいつまでも人間を超えられません。
そこで最近有力視されているのが、「人間がどのようにして新たな評価基準を生み出しているのか」ということ自体を、AIに学習させる方法です。よく考えてみれば、人間は「どうなったら優れているといえるのか」といった、基準そのものをつくり出す営みを行いますよね。であれば、その工程自体をAIに学ばせてしまおうというわけです。これは、大規模言語モデルが登場したことで、現実的に可能となったアプローチです。
──いずれAI自らが新たな基準を生み出す「創造性」を持つと考えられているということでしょうか。
岡 まさにその通りです。もちろん実現にはまだ時間がかかりますが、AIがどんな「優秀さ」や「面白さ」を見つけ出すのか、今から楽しみです。
人間の感情を理解しているように見えるAIが生まれつつある
──そうしたAIの発展は、ALIFEのあり方にも影響を与えるのでしょうか。
岡 大きく与えています。たとえば、近年注目を集めているのは「生成エージェント」です。これは、自律的に振る舞うアカウントのような存在で、AIによって自動的にパラメータを付与された形で生成されます。この生成エージェントを用いると、「AI同士の相互作用」を観察できるのです。
たとえば2023年4月に行われたスタンフォード大学とGoogleの共同実験では、25人の生成エージェントが仮想環境に放たれました。25のエージェントたちは、人間と同じように朝起きて歯を磨き、ご飯を食べ、会社に行ったそうです。そればかりか、選挙を行ったり、バレンタインデーの企画を立てたりといった、高度に社会的な活動も行いました。大規模言語モデルを搭載したエージェントは、すでに社会的な振る舞いが可能なところまで来ているのです。
──生成エージェントの研究は、今後どのような方向に進んでいくのでしょうか?
岡 さまざまな研究者が取り組んでいるのは、「エージェントは感情を理解できるようになるのか、あるいは他者の考えや行動を理解できるようになるのか」という問いです。これが実現できると、より創造的な用途が拓けるでしょう。たとえば、エンターテインメント領域において、アーティストやゲーマーなどのタレントとファンの距離を縮めるコンテンツビジネスに活用されていく可能性があります。
現在、私たちとともに共同研究をしているGaudiy(ガウディ)さんというスタートアップ企業があります。この企業のミッションは、人間の「その人らしさ」をAIで再現し、「人間の分身(デジタルツイン)」を作るというもの。実在するアイドルの性格を学習させて、その人そっくりのアバターを作ったりしています。もちろん本人そのものではありませんが、ファンの方々が会話すると、すっかりハマってしまうんだそうです。そうした、人間の創造性と生成エージェントのハイブリッドな存在が、今後は増えていくかもしれません。
こうした生成エージェントの発展が社会をどのように変えていくのか、まだ想像もつきませんが、考え得るさまざまなリスクも含め、今、世界中の研究者がこの課題に取り組んでいるところです。