Contents
「誰もが演奏できる」という価値に形を与えるSPRESENSE™
02
2024.04.22
- Text
- :武者 良太
- Photo
- :平郡 政宏
技術は人のクリエイティビティをどのようにサポートできるのでしょうか。そんなヒントを探るべく、世界ゆるスポーツ協会 代表理事の澤田智洋(さわだ・ともひろ)さん、ゆるミュージックを支援するソニー・ミュージックエンタテインメント(以下、SME)の梶 望(かじ・のぞむ)さん、そしてゆる楽器の開発を技術面でサポートするソニーセミコンダクタソリューションズ(以下、SSS)の早川 知伸(はやかわ・とものぶ)早川さんの3名を迎え、世界ゆるミュージック協会プロジェクトに迫る特集の第2回。
今回は、ゆる楽器を支えるIoT用ボードコンピュータSPRESENSE™の特徴を生かし、"誰もが演奏できる"という価値を生み出していくプロセスを紐解きます。
SPRESENSE™は、IoT用ボードコンピュータで、サーバーと通信せずに情報処理をすることができる。ソニーグループ内で開発されたこの製品は、音声周りの機能が充実しており、高音質の楽器音を扱える。ゆる楽器製作キット「ゆるコア」も登場し、楽器開発を支援している。澤田智洋さんや梶望さんらは、ゆる楽器プロジェクトが提供する喜びについて語り、「ゆるコア」を通じてプレイヤーやクリエイターに喜びを提供することを目指している。これらの取り組みは、エンジニアリングとクリエイティビティの融合から生まれたものであり、ゆる楽器製作の新しい可能性を示している。
“誰でもすぐに演奏できる”を実現した応用性と安全性
梶 ソニーセミコンダクタソリューションズ(以下、SSS)にジョインしてもらう前のゆる楽器って、ほとんどが外部機器を必要としたので、持ち運びしにくいという課題があったんですよね。
早川 最初にご一緒したのが、前回もお話ししたウルトラライトサックスですね。これをPCと接続しないスタンドアローンな電子楽器に改良するために、単体で鼻歌の音程も判断できるSPRESENSE™を使うことになったんです。
梶 SPRESENSE™がどういったデバイスなのか、改めて簡単に教えていただいてもいいですか。
早川 はい。SPRESENSE™は、サーバーと通信せずローカルで情報処理をするエッジコンピューティングを実現できる超小型コンピュータです。軽量かつ電池駆動できるから、電源ケーブルも不要。従来は、産業用ドローンやスマートスピーカー端末、定点撮影カメラなどに使うことをターゲットに作りました。ゆる楽器と相性がいい点は音声周りの機能が充実していること。もともとハイレゾ対応でClassDアンプも内蔵しているので、高音質の楽器音を扱えます。
梶 ゆる楽器の定義って“誰でもすぐに演奏できること”と、“すぐに合奏できること”だけなんですよ。それを実現するために技術面のサポートが必要なんですね。もちろん市販のボードコンピュータを使ってもいいのだけど、ソニーグループのなかで作られているものであればすぐに横で連携しやすいし、グループ全体でのシナジー効果も生み出しやすい。
早川 単純なボードコンピュータだと軽い処理しかできないものが多いのですが、SPRESENSE™はそういったものとは違った高度な信号処理が可能な製品として開発しました。だから、リアルタイムで音声を加工して音を奏でることができます。また、汎用なインターフェースを備えており通常なら必要なはんだ付けなどの作業をせずに様々なセンサーに接続可能、マイクをたくさんつけられることも特徴で、Li-Poバッテリーではなく乾電池で十分動かせるので、より安全性を重視できるようになります。
梶 まさに。その応用性と安全性を活かして“ゆるコア”という、ゆる楽器製作のためのキットも生まれたんです。SPRESENSE™に通信ポート、アナログ/デジタルI/Oを備えたメインボードに、各種センサーやスイッチ、キーボードやスピーカーを接続。その上で楽器開発ライブラリssprocLibを使うことで、様々な入力機器からの信号を音に変換するという、ゆる楽器の中核となる機能を担っています。
プレイヤーとクリエイター、どちらの喜びも提供したい
澤田 一方で、ビジネスの視点でこのプロジェクトをとらえると、誰に何の喜びを提供するか、その喜びの希少価値は大きいのかが重要だと考えています。ゆるスポーツで提供しているのは、スポーツをする喜びと、自分でスポーツのルールを作ることができるという喜びです。言い換えると、プレイヤーとしての喜びと、クリエイターとしての喜びの2つを提供して、対価を得ている状況なんですね。原理的にはゆるミュージックも同じ価値を宿していると思っています。楽器を演奏する喜びと、楽器を作る喜びですね。
梶 プロジェクトメンバーの福田さんという方が「俺たちのKPIは笑顔の数だ」とよく言うんですよ。良いこと言うなあと思うんですが、これは本当のことなんです。
梶 たとえばゆる楽器を量産して販売することである程度の売上をあげることも、もしかしたらできるのかもしれませんが、このプロジェクトはそうではない。
まずは僕らが笑って、そこからみんなを笑わせられなかったら、多分このプロジェクトは成功じゃないなとも思うんです。最初はちっちゃなことからでいいから、苦手意識があった楽器演奏ができるようにする。そういう積み重ねが大きな成功につながるって思っていますね。
早川 技術畑にいる私のような人間は、エンジニアリングを追求しがちなんですよね。それが、最初にゆる楽器に携わって、演奏を楽しむ自分の子どもの姿を見たとき、「エンジニアリングの出口はこれだ」と思ったんです。
澤田 職人的な一点集中のスタンスが有利に働くときもあると思いますが、それだけでない、社会の変化やニーズ、目の前の人を幸せにできるかといった視点も重要ですよね。
クリエイティビティとテクノロジーの融合で生まれた、ゆる楽器たち
ここからは、これまでに生み出されたゆる楽器の一部をご紹介します。
ウルトラライトサックスは、木管楽器のサックスとは大きく異なり、音階を決めるキーはなし。管体のなかにマイクが入っていて、鼻歌を検知してSPRESENSE™のサウンドライブラリーから取り出したサックスの音に変換しています。多少ずれていても12音階に合わせて鳴るため、音程を取るのが苦手な人でも演奏できます。
ハーモニーフラッグは、本体についているロープを引っ張りながら、手旗信号のようにポーズをつけていくことで音階を選べるフィジカルな電子楽器。ド・ファ・ソというEメジャーコードの構成音が鳴るようにセッティングされているため、合奏時にどんなポーズをつけたとしてもきれいな和音を奏でることができます。
ゆンプラー(ゆるサンプラー)は、”このサイズでここまでできるんだ”という、ある意味SPRESENSE™の限界をめざした小型グルーブボックス。各ボタンはサンプリング済のサウンドライブラリー呼び出しボタンとなっています。
その他のゆる楽器についてはこちらをご覧ください。