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Sony Semiconductor Solutions Corporation

「神経細胞の動き」さえ、圧倒的な鮮やかさで見通す技術

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2024.02.09

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松本友也
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平郡政宏

舞台演出にセンサーを始めとしたさまざまなテクノロジーを活用し、世界を驚かせてきたライゾマティクス真鍋大度さん。ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社(以下、SSS)が研究する先端技術と出合ったら、いったいどのようなアイデアを生むことができるでしょうか。

前回は真鍋さんとセンシング技術の出合いを語っていただきました。ここからは、実際にSSSで日夜研究に没頭する技術者たちが参加。それぞれの専門領域について、真鍋さんと語らいます。神経細胞(ニューロン)の働きを観測するセンサー開発に取り組む加藤祐理(かとう・ゆうり)さん、そして未来に向けた将来技術の探索に没頭する山下和芳(やました・かずよし)さんとの会談をお届けします。

ソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)でCMOS-MEA(シーモス-エムイーエー)と呼ばれるセンサーについて研究されている加藤祐理さんとライゾマティクス真鍋大度さんが語る。MEAは神経細胞の電気活動を検出するデバイス。CMOSイメージセンサー技術を応用し24万個の電極を備え、高解像度で神経細胞の電気活動を観測可能にした。このセンサーの開発により、新薬の安全性検査や神経系疾患の画期的な薬の開発が期待される。また、神経細胞への電気刺激により学習を促すことが可能で、将来的には神経細胞から人工知能を生み出す可能性があると話す。CMOS-MEAの可能性を知った真鍋さんはその応用に期待を寄せ、生物の神経細胞のメカニズムの解明などが可能になるのではないかと語る。

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    神経細胞の動きを「見る」ためのセンサー

    ──まずは加藤さんが研究されている「CMOS-MEA(シーモス-エムイーエー)」について教えてください。

    加藤 MEA(Microelectrode Array:微小電極アレイ)とは、細かな電極がいくつも並んだセンサーの上に神経細胞を乗せ、その電気活動を検出するデバイスです。このMEAに弊社のCMOSイメージセンサーの技術を応用したものがCMOS-MEAです。

    これまでもさまざまな事業者がMEAを開発していますが、いずれも電極数が非常に少なく、得られる情報量に課題がありました。電極の一つひとつをカメラの画素にたとえるなら、せいぜい100画素程度の解像度しかなかったのですが、弊社のCMOS-MEAの電極数は約24万個。ドット絵の世界から一気にスマートフォンの写真並みの高精細に進化したようなものといえます。

    真鍋 これまで低解像度でしか見ることが出来なかった神経細胞の電気活動が、ついに解像度の高い画像の形で見ることができるようになったわけですね。ここからどんなことがわかっていくのか想像すると、本当にワクワクします。

    加藤祐理さん(左)と真鍋大度さん(右)
    加藤祐理さん(左)と真鍋大度さん(右)

    「1000分の1秒」の世界をとらえる新技術を開発

    ──CMOS-MEAにおいて、電極数を大量に増やせた理由を教えてください。

    加藤 技術のベースとなるイメージセンサーの性能が大きいと思います。神経活動はだいたい1000分の1秒ほどの時間で生じますので、多数の電極のデータを非常に高速に取得することが必要になります。この課題に、多数の画素を低ノイズ・高速で読み出すことで高画質・高精細を実現する弊社のCMOSイメージセンサー技術で挑戦した結果、解決に至ったというのが開発の経緯になります。

    真鍋 CMOSはカメラなどに使うイメージセンサーですが、MEAへの応用はすんなりいけましたか。

    加藤 やはり新しい技術開発は必要でしたね。神経活動の電気信号は1万分の1ボルト程度ときわめて微弱です。神経の電気信号がかき消されないようにノイズを最小限に抑えつつ、高速でデータを取るのは至難の業なんです。私たちは今回、その両立のためにノイズを低減するアンプ技術を新たに開発しました。

    神経細胞の活動を詳細に見られるようになったことで、例えば新薬の開発に応用できると考えています。ある新薬の候補があった時に、その薬剤によって神経活動が異常になれば神経毒性があると言えますし、逆に病気などで異常な状態が回復すれば薬効があると言えます。これによって、薬剤の安全性の検査を行ったり、あるいはてんかんなどの神経系疾患の画期的な薬の開発に繋がったりすることを期待しています。

    神経細胞の軸索を電気信号が伝搬する様子を捉えた動画
    神経細胞の軸索を電気信号が伝搬する様子を捉えた動画

    真鍋 このMEAを使って神経細胞を刺激することもできるんでしょうか。

    加藤 はい、可能です。神経細胞に対して電極から電気刺激を与えることができます。逆に神経細胞の電気活動を読み出すことも可能です。すなわち、このセンサは神経細胞と情報のやり取りをすることも出来るのです。

    ──刺激ができることにどんな意味があるのでしょうか。

    真鍋 神経細胞の活動を解析し、外部環境を電気刺激に変換して情報を与えることで、脳と同じように神経細胞が学習して賢くできるんです。僕自身もラットの神経細胞を培養し、絵を描かせる実験にトライしてきました。2020年の有名な実験によれば、ヒトのiPS細胞から作った神経細胞の塊に、ボールをバーで弾き合う「Pong」というゲームをプレイさせることもできたそうです。

    山下和芳さん(左)、加藤祐理さん(中央)、真鍋大度さん(右)
    山下和芳さん(左)、加藤祐理さん(中央)、真鍋大度さん(右)

    神経細胞から「人工知能」を生み出すことができるかもしれない

    ──神経細胞の活動を読み取るだけでなく、刺激を与えて学習を促すと情報処理が可能になる、と。

    真鍋 もちろん、神経細胞がいきなり思考するわけではなく、最初はランダムに反応を返すだけです。しかしそこに少しずつ「罰と報酬」を刺激として与えると、次第に正しい答えを導くようになると言われています。生体はランダムな刺激を罰として認識し、また整った刺激を報酬として認識するという「自由エネルギー原理」を応用したアイデアですね。

    ただ、自分でも神経細胞を培養して何度か学習を試みましたが、本当に賢くなっていると言えるのかは正直よくわからないんです(笑)。自由エネルギー原理自体も、いまだに議論が止まない仮説です。CMOS-MEAが発展すれば、そのメカニズムもクリアになるかもしれませんね。

    加藤 いわゆるBMI(Brain Machine Interface)については、数あるCMOS-MEAの応用先の中でも、もっともチャレンジングな領域です。弊社のCMOS-MEAの圧倒的な多電極の特徴を生かしてこの分野にも貢献できると考えています。

    真鍋 現状の機器では、あまり大した情報を学習させられないんです。自分で実験してもそこにもどかしさを感じていたので、CMOS-MEAへの期待は大きくなりますね。学習させることができる情報が増えれば、神経細胞が処理できる情報も二次元、三次元へと拡張されていくでしょう。そこまでいったら、今のAIとはまた違うタイプの人工知能が誕生したと言えますよね。それに、生物の神経細胞の秘密についても、何か重要なことがわかるかもしれません。

    加藤 私たちとしても、このセンサが神経細胞の未知のメカニズムを解き明かし、「意識とは何か」「欲求とは何か」といったユニバーサルな問いの探究に貢献できればという思いがあります。

    山下 事業化は視野に入れつつも、どんな応用可能性があるか未知数な研究分野も弊社の場合はけっこう多いんですよね。真鍋さん始め、さまざまな領域の専門家の方々と、このように対話できる機会は非常に刺激を受けます。それでは今度は、私が担当している「新規事業の立ち上げに向けた将来技術探索」の活動をご紹介させてください。

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