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技術者の熱意と「遊び」を許容する文化が新発想を生む

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2024.01.09

Text
相澤良晃
Photo
池村 隆司
Illust
高橋 潤

半導体業界のキーパーソン、東京大学大学院教授の黒田忠広先生と「積層型CMOSセンサー」の生みの親であるソニーセミコンダクタソリューションズの梅林拓さんの対談。
前回は半導体産業が発展してきた歴史を紐解きました。今回は、スマートフォンのカメラを高機能化・省エネ化・コンパクト化させた「積層型CMOSイメージセンサー」が生まれた経緯を振り返りながら、イノベーションが起きやすい環境や条件について語り合います。

黒田教授と梅林氏は、半導体業界における技術の民主化について議論した。黒田教授は、AIの活用によって半導体設計への参入障壁を低くし、多様な人々にチャンスを提供することが可能であると指摘した。一方、梅林氏は、経験豊富な支援や多様性を尊重する環境の整備が重要であり、若手をサポートしてイノベーションを促進することが強調された。両者は、将来の技術者には困っている人を助ける挑戦や革新的なプラットフォームに取り組む姿勢が求められると訴えている。技術の民主化と経験者の支援が組み合わさり、新たなアイデアと多様性が業界の活性化に繋がる可能性が示唆された。

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    イメージセンサーの未来のために積層型を実現

    ――前回の記事では、「積層型CMOSイメージセンサー」を発想したきっかけまでをお伺いしましたそもそも、この製品はどんな点が画期的だったのでしょうか?

    梅林 最大の特長は、光をとらえ電気信号に変える「画素部」と電気信号をデジタル情報に変換して情報処理する「論理回路部」を2層に分けたことです。この2階建て構造こそが「積層型」と言われる所以です。

    従来のイメージセンサーは、チップ表面の同一平面上に「画素部」と「論理回路部」が並ぶ構造だったため、互いに製造上の制約を受けていました。この制約を取っ払ってしまえば、もっと性能を高められる。そう考えて思いついたのが、「積層型CMOSイメージセンサー」です。

    実は積層型の開発がスタートした2008年当時、ソニーでは並行して「裏面照射型」の開発に取り組んでいました。これは「画素部」の受光面を従来型から上下逆にすれば、画質をより高感度・低ノイズにできるというアイデアです。「この裏面照射型のイメージセンサーを携帯電話用に安くつくれないか」という要望が私のところに来ました。

    そのとき「積層型にすればチップ面積を小さくできるので、結果的に1枚のウェーハからつくれるチップの数が増えて、コストダウンもできる」と思いました。つまり、裏面照射型を積層すれば、画質の向上とコストダウンを両立できると考えたのです。

    イメージセンサーの未来のために積層型を実現
    提供 ソニーセミコンダクタソリューションズ

    ――なるほど、夢のような発想ですね。

    梅林 しかし、そこからが大変でした。上下で貼り合わせる「画素部」のウェーハと「論理回路部」のウェーハは、電気的に接続するため、わずかな位置ズレも許されないのです。たとえるなら、直径120mの野球場同士を1㎜のズレも許さずにピタッと貼り合わせるようなもの。その精度がなかなか実現できなくて、成功サンプルの作成に至るまで2年ほど要しました。

    黒田 貼り合わせの位置がちょっとでもずれると、画素部と論理回路部で信号がやりとりできなくなる。それは大変ですよ。

    梅林 その難題をどうにかクリアできて、2011年に量産の準備が整いつつあったのですが、どの製品に搭載するかなかなか決まりませんでした。「どこも採用してくれないなら、もう止めようか」という話も出てきたのですが、土壇場で「Xperia Z」への採用が決まりました。それで積層型が広く認知されて、爆発的なヒットへとつながりました。そこから社内でもいろいろな積層型イメージセンサーのタイプ展開が進みました。

    ――困難な状況を跳ねのけて、新しいチップの開発をやり遂げられた根底には何があったのでしょうか?

    梅林 ひとつは「やはり新しいことに挑戦しないと、未来はない」という危機感です。私は論理回路のプロセスの専門家で、イメージセンサーの性能を上げるには論理回路部分の微細化、高集積化を進めていくしかないと思っていました。しかし、当時のソニーは90nm世代のトランジスタ技術で止まっていて、それ以降の微細化技術は持っていませんでした。そのままだと、競合にどんどん遅れをとってしまう。でも、論理回路を切り離せば、他社製の微細化された論理回路チップとソニー製の画素チップの組み合わせも可能になります。だから、ソニーがイメージセンサーを量産し続けるためにも、この積層化技術は絶対必要だと思っていました。

    梅林拓さん(左)と黒田忠広先生(右)
    梅林拓さん(左)と黒田忠広先生(右)

    黒田 今はにこやかに話されていますけど、相当な覚悟が伝わってきますね。でもその努力が実って、至るところで積層型COMSイメージセンサーが使われていますし、波及効果でメモリー半導体にも積層化技術が取り入れられました。最先端のものは、今や12階建てですよ。昔から積層化というコンセプト自体は存在してましたが、そのアイデアを実用化されたのはソニーさんが初めてだと思います。

    多くのアイデアが交配しやすい「遊び」を許す企業文化が大切

    ――梅林さんは革新的なイメージセンサーを開発されたわけですが、そういった新しいものを生み出すには、何が大切だと思いますか?

    梅林 実は、黒田先生が提唱されている「集団脳」という考えに感銘を受けています。「集団脳」は、多くの人の知恵を結集させて新しいものを生み出そうという考え方ですよね。私は、革新的なものづくりって、まったく関係ないところで使われているモノや技術を、自分の課題解決のために引っ張ってくることで起こると考えているんです。できるだけ多様性のあるさまざまなアイデアが交差する集団脳が、これからのものづくりのあるべき姿だと感じました。

    でもその一方で、具体的に議論を交わしてアイデアを形にしていくときには異なる専門性を持った3人くらいのチームがベストだと思っています。その3人が幅広いリソースに自由にアクセスできて、課題を解決するすべを持っていそうな人たちと自由に意見を交わせる……そういう環境が理想的なのではないでしょうか。

    黒田 やはりイノベーションって、たくさんのアイデアが交配したときに生まれてくるんですよね。たとえば、私たちの祖先のホモサピエンスと、その前にいたネアンデルタール人とを比べると、ネアンデルタール人のほうが脳も体も大きかった。それでもホモサピエンスが生存競争を勝ち抜けたのは、集団行動という様式があったからです。

    それがためにさまざまな道具をつくり出して、個々で劣る身体能力や知能の差を埋めることができた。皆でものを生み出して継承してきたことが、今日の繁栄につながっているのです。

    梅林 あと会社組織でイノベーションを起こすには、比較的自由に小さく物事を始められる雰囲気づくりも大切だと思います。「遊び・余裕」を許容する文化というか。黒田先生が提唱されている「民主化」もそれに近い考えですよね。

    黒田 そうですね。では、次は「半導体の民主化」についてお話ししましょうか。

    03 発想が価値になる「半導体の民主化」で新しい文化がつくられる
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