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Sony Semiconductor Solutions Corporation

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未来館とソニーが出会って生まれた、指先で「ふれて見る」リングカメラ

2026.08.17

Text
野口理恵
Photo
平郡政宏
動画のテキスト版

日本科学未来館(以下、未来館)館長を務める浅川智恵子(あさかわ・ちえこ)さんは、40年以上にわたりアクセシビリティ技術の研究開発に取り組んできた第一人者で、視覚障がい当事者。館長就任後も、ナビゲーションロボット「AIスーツケース」を始め、センシング技術を活用したアクセシビリティ関連技術の開発に携わってきました。

本特集では、未来館とソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社(以下、SSS)が共同で進める、指先に装着して視覚障がい者をサポートする新たなアクセシビリティデバイス「リングカメラ」の開発ストーリーに迫ります。

第1回となる今回は浅川さんと、SSSでこのプロジェクトを牽引する住岡徹次(すみおか・てつじ)さんが、アクセシビリティへの思いやプロジェクト誕生の裏側を語ります。

40年以上にわたりアクセシビリティ研究に取り組んできた、日本科学未来館館長・浅川智恵子氏と、ソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)の住岡徹次氏が、共同開発中の「リングカメラ」誕生の経緯を語ります。リングカメラは、指先に装着したカメラで対象物を認識し、音声で情報を伝えることで、触覚だけでは得られない情報を自然な動作で取得できる新しいデバイスです。SSSが持つセンシング技術と未来館の知見が結びつき、「指を眼にする」という発想から共同開発がスタートしました。技術と当事者の視点が融合した、新たなアクセシビリティの可能性が紹介されています。

Contents

    Mail magazine Mail magazine

    失明が突きつけた「情報」と「移動」の壁

    穏やかな表情で対談する浅川さんと住岡さん
    浅川智恵子さん(左)と住岡徹次さん(右)

    ——まず、浅川さんのアクセシビリティへの思いや、これまでの取り組みについてお聞かせください。

    浅川:私は11歳のときのプールでの怪我がもとで、14歳で失明しました。そのときに直面したのが、あらゆる書籍にひとりでアクセスできなくなるという「情報のアクセシビリティ」と、ひとりで外出できなくなるという「移動のアクセシビリティ」の2つの大きな壁です。その後、日本IBMに入社して研究者となり、40年以上にわたってこれらの課題解決をめざしたアクセシビリティ技術の研究開発に取り組んできました。

    2021年からは未来館の館長を務めています。未来館は“少し先の未来を体験できるミュージアム”をめざしており、アクセシビリティの分野でも一歩先の技術を体験いただこうと、チームで研究開発を推進しています。

    その一つが、視覚障がい者用のナビゲーションロボット「AIスーツケース」です。見た目は一般的なスーツケースですが、搭載されたカメラやセンサー、AIが周囲の状況をリアルタイムに分析し、障害物や人を避けながら目的地まで案内してくれます。

    ——AIスーツケースは、浅川さんご自身の体験から生まれたそうですね。

    浅川:「なぜスーツケース型なのか」とよく聞かれますが、これは私のアメリカ赴任時代の経験がきっかけです。当時、ひとりで日米を何度も往復する中で、白杖で安全を確認しながらスーツケースを引いて歩くと、両手が完全に塞がってしまい、非常に不便さを感じていました。

    あるとき、試しにスーツケースだけを前に出して歩いてみたんです。すると、スロープの上り下がりがスーツケースの動きから伝わってきました。

    そのとき「これはいいかもしれない」と思いました。この中にコンピューターやセンサーを搭載すれば、視覚障がい者の新たな旅のパートナーになるのではないか。そんなきっかけで開発したAIスーツケースは現在、誰でも体験できるよう未来館で定常運用しています。

    複数台並んだAIスーツケース
    未来館では、来館者がAIスーツケースを体験できる実証実験を毎日開催している

    Touch and See――触覚による認識の限界を超えるリングカメラ

    ——新たなアクセシビリティデバイスとして開発している「リングカメラ」について教えてください。

    住岡:指に装着するリング型のデバイスで、小さなカメラが内蔵されています。カメラがとらえた対象物を認識し、スマートフォンを媒介して「これは○○です」と音声で情報を伝える仕組みです。

    浅川:現在、私たちがもののディテールを認識したいときは、スマホのカメラをかざして得られる音声情報で確認します。しかしこれには、触って確認した対象物にスマホをかざして音声を聞き、情報を得たらスマホを置いてもう一度触って……と、複数の動作を繰り返す必要があり、とても不便なんです。

    住岡:リングカメラの最大のメリットは、完全ハンズフリーで片手さえもふさがらないため、両手を自由に使いながら、対象物に「ふれる」という自然な動作とカメラによる認識を同時に行える点にあります。歩行中や荷物を持っている場面など、幅広いシチュエーションで使えるのが大きな特徴です。

    浅川:私たちは普段、手の触覚を頼りに世界を認識していますが、触覚だけで得られる情報には限界があります。リングカメラは、その限界を拡張する「Touch and See(ふれて見る)」という新しいコンセプトを、アクセシビリティ分野にもたらしてくれるのではないかと期待しています。

    左手にリングカメラを装着した浅川さんの両手が、展示物を触っている様子
    日本科学未来館の常設展示「こちら、国際宇宙ステーション」内に再現された宇宙飛行士の居室で、リングカメラのデモンストレーションをする浅川さん。リングカメラをかざすと、展示物の情報が音声で出力される

    「こんなものがあればいいな」――思いが一致した「指を眼にする」アイデア

    ——未来館とSSSの共同開発は、どのように始まったのでしょうか。

    住岡:SSSでアクセシビリティへの取り組みが立ち上がったのは2022年。当時はまだ知識もノウハウもなく、何から手をつけるべきか模索していました。

    そんな中、アクセシビリティ分野で著名な浅川さんの講演や発信を拝見し、チーム内から「ぜひ浅川さんとコラボレーションしたい」という声が沸き起こりました。でも、なかなかお声掛けする勇気がなくて(笑)。知識もとぼしい自分たちが、いきなり第一人者である浅川さんにアプローチしてよいものかと尻込みしていたんです。

    転機となったのは、IBMとのエンジニア交流会で、知り合ったエンジニアから「浅川さんが技術的なサポートを求めている」という話を耳にしたことです。千載一遇のチャンスを逃すまいと、思い切ってご連絡しました。

    浅川:そんな背景があったとは、初めて知りました(笑)。私は以前から、センシング技術によってもっといろんな情報にアクセスできるのではないかと考えていました。SSSには唯一無二のセンシング技術がありますから、私もぜひお話ししたいと思っていたんです。

    住岡:浅川さんに初めてお会いしたときは、「触覚ディスプレイをつくりたい」と仰っていました。「未来館を始め、博物館などには手で触って学べるものがあるけれど、それだけでは得られる情報がとても少ない。テクノロジーでもっといろんなことが伝わるようにしたい」と。

    そのお話を聞き、当時私たちが一案として考えていた「指を眼にする」というアイデアとつながるのではないかと思い、初期の試作品を浅川さんに使っていただいたんです。それがリングカメラ開発のスタートになりました。

    浅川:リングカメラは、私が以前から「こういうものがあればいいな」と思っていた、まさにそのものでした。最初にコンセプトを聞いたときから期待していましたが、SSSはプロトタイプをつくるのが非常に速くて驚きました。アイデア段階だったものが1年以内に形になり、共同研究と論文化まで一気に進みました。

    自社でハードウェアを一から作れるSSSだからこそ、このスピード感で開発ができるのだと、たいへん感動しました。私たちはアイデアは出せますが、実際のものづくりとなると、未来館だけではできないことですから。

    住岡:そう仰っていただけてうれしいです。でも逆の言い方をすると、われわれには技術はありますが、それを何にどう使ったらいいかを探すのは難しいんですよね。

    その点、未来館のように多様な来場者との接点があり、実証とフィードバックが得られる環境には、メーカー単独では得られない多くの学びがあります。最初は憧れから始まったコラボレーションですが、今は未来館と活動することの意義を実感しています。

    ——次回は、そんなリングカメラの仕組みや、この小さなデバイスに詰め込まれた技術について詳しく伺います。

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