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『半導体の地政学』著者に聞く、ラピダスが担う二つのミッション
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2026.04.28
- Text
- :相澤良晃
- Photo
- :平郡政宏

官民一体の国家プロジェクトとして生まれた半導体メーカー・Rapidus株式会社(以下、ラピダス)の千歳への進出は、人材流出や産業低迷といった北海道の課題を一変させる転機と言われています。半導体産業集積地として歩み始めた北海道で今、何が起きているのか。単なる工場誘致に留まらないラピダスの影響、北海道としての未来構想、そして北海道大学が進める半導体人材育成について、ベストセラー『2030 半導体の地政学 戦略物資を支配するのは誰か』の著者であり、現在は北海道大学大学院の特任教授として教壇に立つ太田泰彦(おおた・やすひこ)先生に聞きました。
ラピダスの北海道・千歳進出は、日本の半導体戦略と地域の将来を大きく左右する動きです。太田泰彦氏は、半導体を国家安全保障の中核と捉え、国内での先端半導体生産体制の確立が不可欠だと指摘します。ラピダスには日本の経済安全保障の強化と半導体産業復活という二つの使命があり、量産を担うTSMCとの役割分担も明確です。さらに北海道は地理的条件に優れ、国際通信網やデータセンターの拠点としても有望であり、単なる工場誘致にとどまらない戦略的価値が期待されています。
半導体から世界を見たら、解像度が上がった

――太田先生が新聞記者時代の2021年に上梓された『2030 半導体の地政学 戦略物資を支配するのは誰か』は、半導体の本としては異例のベストセラーになりました。もともとテクノロジー分野が専門の記者だったのですか。
太田:私は理学部の出身で、日本経済新聞に入社して最初は科学部に配属されました。初めて新聞の一面に載った私の記事が半導体の学会発表に関するものだったのですが、その後40年以上、半導体とは関わりがありませんでした。
その間はもっぱら国際報道に携わり、通商や外交、政治、経済、国際金融などのテーマを中心に扱いました。海外駐在の経験が長く、論説委員兼編集委員として国際問題に関する社説や一面コラムを書いていました。
シンガポールに駐在していた2018年頃に米中対立が激化。日本はこれから国際社会でどう立ち回るべきかと考えたとき、ふと「すべての産業・安全保障の要となっている半導体を通して見たら、より世界の解像度が上がるのではないか」と思いついたのです。
とはいえ半導体産業を担当したことはありません。そこで半導体について片っ端から取材を始め、さまざまな専門家の方に話を聞いてあの本を書き上げました。半導体をめぐる国家や企業の動きをパズルのように組み合わせていったら、それまでにないおもしろい世界地図が完成した。自分自身が半導体に関して素人だったからこそ、一般の方でも読みやすく、全体像をつかみやすい本になったのではないかと思っています。
――2025年3月から、北海道大学教授として教壇に立たれています。どのような経緯があったのでしょうか。
太田:北大出身だったため、そのご縁から「半導体×世界情勢」の専門家として大学に呼んでいただきました。新聞記者としての経験を若い世代に伝えたいという思いもあり、退職して札幌に移住。今は大学院の工学研究院に籍を置き、主に理系学生を対象として「先端技術から国際情勢を読みとく」をテーマに講義をしています。
やはり自分の専攻や関心のある分野に関しては、どの学生も熱心に取り組むのですが、それだけでは思考が狭くなってしまうかもしれません。タコつぼから抜け出して、広い世界を見渡すことの大切さに気づいてもらいたい。特にこれからエンジニアや研究者をめざす学生には、リベラルアーツ(多様な知識を横断的に学ぶ)教育や国際感覚を磨くカリキュラムが大切になるのではないかと思います。
国策半導体企業として、二つのミッションを持つラピダス

――北海道大学が半導体人材の育成に力を入れている背景には、ラピダスの影響も大きいと聞いています。まずはラピダスが設立された経緯について教えてください。
太田:国策企業として設立されたラピダスには、大きく二つのミッションがあります。一つは、先端半導体を作る能力を日本の領土内に確立し、国家として経済安全保障を高めること。米中対立が激しくなる中、残念ながら今の世界は分断へと向かっています。各国が自国の安全保障に一層注力しなければならない時代にあって、今や国力に直結する“戦略物資”である半導体を自給できる体制を整えることは、日本の国家戦略上、非常に重要です。
ラピダスの建設地として千歳が選ばれた理由には、「交通アクセスがいい」「広大な土地がある」「豊富な水資源に恵まれている」といった外形的な要因が推測されていますが、私はやはり安全保障を根底とした地政学的な観点が大きいように思います。実は北海道は特殊な場所で、本州から海峡を隔てて分断された「巨大な島」ととらえることができます。
食料やエネルギーを自給できるポテンシャルがあり、千歳周辺は地震災害のリスクも比較的低い。万が一の有事の際にも自立して稼働し得る拠点として、地政学的な価値が高いのです。
さらに地球儀を見ればわかりますが、北海道は東京よりも北米大陸にかなり近い位置にあります。この利点を生かして、現在、太平洋を横断する国際通信ケーブル(海底ケーブル)を苫小牧に引き込む計画が進められています。実現すれば、東京を経由せずに世界中のデータが直接流れ込むことになり、北海道は一大デジタル拠点になる可能性がある。実際、その実現を見込んで、道内各地で大規模なデータセンターの建設計画が進められています。

――では、ラピダスのもう一つのミッションとは何でしょうか。
太田:日本の半導体産業の復活です。かつて日本の半導体は世界市場の半分を占め、圧倒的な強さを誇っていました。しかし1990年代以降に徐々にその地位を低下させ、現在のシェアは1割にも達していません。現在、ラピダスの中核を担っているのは、この日本の半導体の黄金時代を知る50歳代以上の技術者たちです。「もう一度、日本の半導体を世界一にするぞ!」と、熱いエネルギーでラピダスを動かしているわけです。
――ラピダスと並んでよく挙がる名前にTSMC(台湾積体電路製造)がありますが、それぞれの役割の違いについてはどうお考えですか。
太田:TSMCは台湾に本社を置く世界最大の半導体受託製造企業(ファウンダリー)です。日本国内の半導体生産力を高めるために政府主導で熊本県に工場を誘致したのですが、そこで主に製造されているのは、ボリュームが求められる、現在の産業を支えるチップです。
一方、ラピダスが製造しようとしているのは、カスタムメイドの最先端チップです。クラウドAIや物理AI、高度なモバイル機器といった特定のアプリケーションでは、一般的なチップよりもはるかに高い性能と優れた電力効率を備えた専用のチップが求められます。つまり、大量生産を担うのがTSMC、少量多品種生産を担うのがラピダスという位置付けです。
このように両者は根本的に役割が違うのですが、「国内に半導体製造拠点を持ちたい」という政府の思わくのもとに誕生したという点は同じ。本州を挟むように北と南にそれぞれ立地しているのは、政府がリスク分散を図りたかったからだと思います。
――次回はラピダスの誕生によって北海道にどんな変化が起きるのか、詳しくうかがいたいと思います。
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