Contents
リーダーは何を指針に決断すべきか。ソニー再生と半導体投資の舞台裏を探る
01
2026.05.07
- Text
- :笹林司
- Photo
- :平郡政宏

数年先すら見通せない不確実な時代である今、誰もが自らのキャリアを自律的に切り拓き、正解のない中で決断を問われる機会がかつてなく増しています。半導体業界も同様に、技術進化や需要変動など常に不確実性と隣り合わせにある領域。だからこそ、未来の可能性を信じて大きく舵を切る「揺るぎない意思決定」や「リーダーシップ」が常に試されています。
約10年前、ソニー(現ソニーグループ株式会社。以下、ソニー)は半導体事業のさらなる成長を見据え、同事業を分社化し、ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社(以下、SSS)を設立。これは、当時の平井一夫社長 兼 CEOが掲げた中期経営方針に基づく、組織改革の一環として行った経営判断でした。
若者に向けて仕事観を綴った著書『仕事を人生の目的にするな』でも知られる平井さんに、大きな決断をくだす際の指針と、次世代のビジネスパーソンがリーダーとして成長するために必要なことをうかがいました。第1回は、ソニーCEO時代の経験をたどりながら、平井さんがどのような軸で数々の「決断」を行ったのかを深掘りしていきます。
平井一夫氏は、企業経営で最も重要なのは、全社員が共通の目的・価値観を共有し、同じ方向を向くことだと語ります。そのうえで、不確実な時代には一つの正解に固執せず、複数の選択肢を持つ柔軟性が必要だと強調。ソニーでは「感動(KANDO)」を全社共通の軸に据え、多様な事業を束ねました。意思決定では、正しい判断以上に「決めないこと」を避ける姿勢を重視し、現場の専門家の声を聞きながら迅速に判断。VAIO事業譲渡や半導体への大型投資など、痛みや批判を伴う決断も、会社の未来のために実行しました。決断後は迷いを見せず、自ら現場で丁寧に説明することがリーダーの責任だと述べています。
不確実な時代に事業の方向性を見極める。その判断基準とは

── 平井さんは、ソニーが苦境にある時期にCEOに就任され、半導体事業への巨額投資をはじめ、さまざまな決断を下し経営を再建に導きました。まず、平井さんは何を「拠り所」とし、経営に向き合ってこられたのでしょうか。
平井:企業経営の根幹は「全社員が同じ方向を向いて進むこと」にあります。自社の存在意義(パーパス)や、お客さまに提供すべき価値(ミッション)、そして判断の指針となる価値基準(バリュー)を組織全体で深く共有することこそが、すべての事業活動の出発点です。
その揺るぎない軸がある上で、重要となるのが「柔軟性」。現在のように不確実性の高い時代において、リーダーが意思決定をくだす際は、常に複数のプランを準備しておく必要があります。予定通りに物事が進まなかった際はパニックに陥るのではなく、事態を冷静に受け止めつつ、「ならばプランBを発動しよう」と即座に対応する。一つの正解だけに固執せず、複数のオプションを維持し、即座に軌道修正できる力が欠かせません。
たとえば、SSSの製造拠点は、工場の買収や再編を経て、現在は熊本、長崎、大分、山形など複数の地域に分散しています。結果としてこの体制が、災害時のリスク分散と安定供給の両立に寄与しています。万一の際にも他拠点で一定の補完ができるよう、多拠点体制を活かした事業継続(BCP)の強化が図られているのです。
──平井さんがソニーCEO時代に掲げたミッション、ビジョン、バリューの核となる 「感動(KANDO)」は、その後パーパスとして受け継がれ、全社員が同じ方向を向くための指針となっています。
平井:ソニーは、エレクトロニクス、ゲーム、音楽、映画、さらには金融まで、多岐にわたるビジネスを展開しており、当時は全員が同じ方向を向いて動くことの難しさを抱えていました。これらの多様な事業を一つに束ねる共通言語は何か。議論を重ねる中で、「ソニーが提供している価値の根底には『感動』がある」という気づきがあったのです。
テレビやカメラといったエレクトロニクス製品が、お客さまに直接感動を届けるのはもちろんのこと、それらに組み込まれる「半導体」もまた、世界中に感動を生み出すための欠かせない基盤となっています。エンタテインメント領域は言うまでもありませんし、金融事業であっても「安心」という価値を通じてお客さまの人生の感動を支えることができる。この「感動」という言葉こそが、全社を一つの方向へ導くための最適なキーワードだと確信しました。
──「感動」を旗印に掲げ、そこからソニー再生への道を切り拓いていかれた中で、重い決断を求められる場面も多かったかと思います。その際、平井さんは何を「判断基準」にされていたのでしょうか。
平井:判断について聞かれた際、まず私がお話しするのは、「一番よいのは『正しい判断』だが、2番目によいのは『間違った判断』だ」ということです。とにかく決断して実行に移す。正しければ前に進めますし、もし間違いだったとしたら軌道修正すればいい。最も避けるべきは「判断の先延ばし」であり、組織をホバリング(停滞)状態に陥らせてはなりません。私自身、今振り返れば「もっと早く決断すべきだった」と思う場面もありますが、曖昧なまま先送りにすることは徹底して避けてきました。
では、判断の際には何が重要なのか。それは、「現場の声を徹底的に聞くこと」です。CEO以前の私のキャリアは音楽・ゲーム事業で築いてきたものであり、それ以外は門外漢。そんなリーダーが現場を知らないまま独断で物事を決めてしまえば、社員は不信感を抱きます。だからこそ知ったかぶりをせず、各事業のプロフェッショナルである責任者や担当者の意見に耳を傾けることを大事にしました。たとえば、半導体事業であれば、当時の責任者だった清水照士さん(SSS初代代表取締役社長 兼 CEO。2025年に取締役 会長に就任、2026年3月に退任)に話を聞き、深い議論を重ねた上で経営判断を下しました。リーダーには、こうした「話を聞く姿勢」を示すことが求められていると思います。
決めなければいけない場面で決断することが、リーダーの最も重要な仕事
──ご自身の中で印象に残っている決断はありますか。
平井:よい決断よりも、難しい決断の方が強く印象に残っています。具体的には、事業の譲渡や撤退といった、社員やそのご家族の人生に直接インパクトを与えてしまう決断です。代表的な例が、パソコン事業『VAIO』の譲渡。ともに苦労し、頑張ってきてくれた社員と不本意ながらお別れしなければならない。しかし、あのときに決断しなければ、会社全体の問題がさらに大きくなってしまう状況でした。ビジネスの世界では、そうした厳しい局面に必ず直面します。ただ、そうした痛みをともなう判断から逃げ腰になるようでは、リーダーのポジションを引き受けるべきではありません。決めなければいけない局面で決断することこそ、リーダーの最も重要な仕事だと考えています。
──半導体事業では、2015年の公募増資などによる研究開発の加速や、先ほども話に出たファブ増設といった攻めの決断もありましたが、その背景について教えてください。
平井:スマートフォン向けなどの需要面から見ても、CMOSイメージセンサーが今後飛躍的に成長していくことは明らかでした。しかし、それに応えるためのファブ増設には膨大な時間と資金を要します。そこで、当時のソニーは、成長領域への投資を加速するため、公募増資などを通じて市場から資金を調達し、事業を一気に強化するという判断を下したのです。私や当時のCFO(最高財務責任者)であった吉田憲一郎さん(現ソニーグループ株式会社 取締役 会長)たち経営陣と綿密な議論を重ねた上で踏み切った決断でした。
その後、イメージセンサーの需要は想像以上に高まりました。私の後にCEOに就任した吉田さんや十時裕樹さん(現ソニーグループ株式会社 取締役 代表執行役 社長 CEO)も半導体への投資判断を継続しています。歴代の経営陣による「ソニーの半導体事業を徹底的にサポートする」という強固な意思決定があったからこそ、現在のSSSの圧倒的なビジネス基盤が築かれているのだと思います。
迷いは、自身の中だけで完結させる

── 事業の譲渡・収束であれ、攻めの投資であれ、平井さんが下されたどの決断も、社内外で賛否が分かれる難しいものだったと思います。反対意見や迷いには、どう向き合ったのでしょうか。
平井:大きな決断を下した後には、迷いが生じることもありますが、それは自身の中だけで完結させなければなりません。なぜなら迷いを見せた瞬間に、社員が動揺してしまうからです。社員はトップの姿勢を常によく見ています。誰かに批判されたなどの外部圧力で意見をコロコロと変えるようなリーダーでは、彼らに信頼してもらうことはできません。
ソニーCEO時代より前の話ですが、ゲームのダウンロード販売開始に踏み切った際にも、多くの批判がありました。それまでパッケージ販売を通じて大きな利益をもたらしてくれていた、小売店のビジネスを否定することになってしまうからです。「今は時期じゃない」「ダウンロード販売は、パッケージ販売よりも販売日を遅らせるべきだ」などの反対意見もあがりましたが、そこで決断しなければ、ビジネスを他社に奪われてしまうだけでした。
大きな変革には、批判や反対意見が必ず伴います。だからこそ、決断後にはリーダー自らが現場に足を運び、「なぜ今この施策が必要なのか」をていねいに説明し、腹落ちしてもらう努力が不可欠です。リスクや影響が大きいものであるほど対話を重ねる。そうした泥臭いプロセスを人任せにせず、最前線で実行し続けることが大切です。
──次回は、平井さんが若手時代にどんな経験を積んでこられたのか、リーダーとして成長するためのマインドセットについてうかがいます。
この記事にリアクションする





