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現実世界で対話をしながら、いま改めて考える「バーチャルの価値」

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2024.09.25

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相澤 良晃
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平郡 政宏

「これから人類は“物質的な世界”から離れる方向に進化し、メタバースはその過渡期の技術」と語るのはメタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスター代表取締役CEOの加藤直人(かとう・なおと)さん。本特集では、そんな加藤さんに、メタバースの中での人間の営みの変化と、そのために必要な技術の進化の方向性についてうかがいます。

初回は、VRの価値やVR技術がもたらす未来について、ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社(以下、SSS)のディスプレイデバイス事業部の木本 太陽(きもと・たいよう)さんと語っていきます。

メタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスターの加藤直人CEOは、メタバースを「物質的な世界」から離れるための過渡期の技術と位置づけています。彼は、VR技術の進化が人類の生活を「実質的な現実」へとシフトさせると考え、この変化を合理的な選択としています。メタバースの価値は、物理的制約からの解放、クリエイティビティの発露、そしてサステナビリティにあると述べ、これらが「万人のためのメタバース」を形成すると主張します。彼は、今後の技術進化が人類をデジタルの実質的な現実世界へと導くと展望しています。

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    メタバースは“万人”のためのテクノロジー

    木本 ここ数年、エンタテインメント領域を中心に、バーチャルリアリティ(VR:virtual reality)の市場が勢いづいているように感じます。メタバースプラットフォーム「cluster」の利用者も、順調に増えているとうかがいました。一方で、ビジネス領域ではコロナ禍に端を発したリモートでのコミュニケーションから、やっぱりオフィスで顔を合わせた方がいいというようなリアル回帰のトレンドもあります。そうした中で、あらためて、加藤さんは「バーチャルリアリティの価値」についてどのように考えられていますか。

    加藤 そもそも「バーチャル(virtual)」という言葉は、日本語では「仮想」と訳されることが多いですが、これは誤訳ですよね。英語の原義は「実質的」「事実上」といった意味なので、「バーチャルリアリティ」も「仮想現実」ではなく、「実質的な現実」「人工的現実」などと訳したほうが正確だと思います。

    その上でVRの普及を人類史の延長線上でとらえてみると、「合理的な選択による自然な流れ」と言えると考えています。つまり、“現実の世界”よりも、“人工的な現実世界”を志向する人が増えているということかと。

    左から、木本太陽さん、加藤直人さん
    左から、木本太陽さん、加藤直人さん

    木本 現実世界にはない魅力が、バーチャル空間にはある。多くの人がこう感じ始めた、と?

    加藤 おっしゃるとおり。いまがまさに歴史の転換点で、「バーチャリティ(実質的価値)の時代」の幕開けです。少し詳しく説明すると、19世紀から20世紀にかけては、「モビリティ(移動)の時代」でした。さまざまなモノや人が物理的に動くことで大量の商品やサービスが生成され、それらを消費することで人々は豊かさを享受していたわけです。換言すれば「物質依存の時代」で、拙著『メタバース さよならアトムの時代』(集英社)ではタイトルの通り、「アトム(原子)の時代」とも表現しています。

    しかし、21世紀に入ってVR技術が進化したことで、「VRで現実と同じ体験や価値を得られるなら、“物理的に存在すること”にこだわらなくてもいい」と多くの人が気付き始めた。こうした感度の高い人たちが、今、ネット上のVR空間である「メタバース」で現実世界以上に積極的な消費活動を行っているのです。

    木本 では、メタバースのユーザーは、どんなところに価値や魅力を感じているのでしょうか?

    加藤 大きく3つあると思います。1つ目は、「物理的な制限からの解放」です。たとえば、東京の人が沖縄にいる友人に会いたいと思っても、そう簡単にはいきませんよね。しかしメタバース上でなら、パッと会える。なにかしらのディスプレイ越しとはいえ、それぞれが持ち合わせたお酒を飲めば、飲み会もできるわけです。こうした地理的な隔たりをはじめ、さまざまな物理的なギャップを埋めてくれる点がメタバースの最もわかりやすい価値です。

    2つ目は、「クリエイティビティの発露」です。たとえば、「こんな家に住みたい」「こんな車に乗りたい」と思っても、大抵の人は自分でつくることはできませんし、購入も難しいケースが多いでしょう。でも、メタバースでなら、現実世界よりも格段に低いコストで自分の理想とするモノをつくって、所有することができます。あるいは、“自分にとって理想の世界”そのものを創ることさえ可能です。これまで頭の中に思い描くだけだった理想やアイデアを、万人に見える形で表現できる。誰もがクリエイティビティを発揮できる場所がメタバースです。

    加藤直人さん

    木本 なんだか現実世界よりも、メタバースのほうが公平な世界のように感じてきました。

    加藤 ふふふ(笑)。僕はこの2つの価値を踏まえて、「万人のためのメタバース」と呼んでいます。つまり、「物理的なギャップ」も「クリエイティビティへの欲求」も、究極お金があれば解消できるわけです。富豪であれば、たとえばプライベートジェットなどがあれば好きなタイミングで高速で移動できますし、オーダーメイドで思いのままのモノを手に入れることもできる。でも、大抵の人はそうじゃない。もちろん僕も含めて(笑)。だからコストの低いメタバースで理想を叶えようする。万人に寛容な世界がメタバースで、そこに居心地のよさ感じる人が増えています。

    人類は実質的な現実世界を生きるようになる?

    木本 では、メタバースの3つ目の価値とは、なんでしょうか?

    加藤 それは「サステナビリティ」です。大量生産、大量消費を前提とした「モビリティの時代」は、まさに環境破壊の時代でもありました。近年は皆さんもご存知のとおり、地球環境に対しての意識が高まり、具体的な取り組みを多方面で進められています。環境への取組はすぐに効果が出るわけではなく、多くは次の世代以降の方々のことを考えてのものです。つまり、「長い時間軸で人類の価値を最大化させる」という「ロングターミニズム(長期志向)」の考えを支持する人が増えているとうことです。この考え方において、メタバースは選択しうる未来の形の1つです。

    木本 なぜメタバースとサステナビリティがつながるのでしょうか?

    加藤 実質的に同じ体験ができるのなら、物理的にモノを生み出したり消費したりするより、デジタルで完結したほうが環境にやさしいという考え方もあるということです。もちろん、デジタルインフラの維持には相応のエネルギーが必要なので、「どんな場合でも絶対にメタバースの方がやさしい!」とは言い切れないですが。

    これら3点が私の考えるメタバースの主な価値で、こうした方向に技術は進化していくはずと私は考えています。今後、100年、200年スパンで、 “実質的な現実世界”を人類はつくりあげていくことになる。その実現に向けて、いま着実に一歩一歩、テクノロジーが進化しているという状況です。

    木本 人類は“現実世界”を離れ、“デジタルの実質的な現実世界”へと移行していく――まるでSF小説のようですが、体感として現実味があります。

    加藤 そして、メタバースやVR技術が究極的に進化していくと、「自分」と「他者」の境界がすごく曖昧になると思っています。そして最終的にわれわれは“バーチャルの海をふわふわ漂う存在”になるかもしれません。

    加藤直人さん

    木本 とても気になる表現が出てきましたね(笑)。そのあたりの話は次回、詳しく聞かせてください。

    02 メタバースが溶かす他者との境界。人類は現実を超える幸福にたどり着けるか
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