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「半導体の民主化」で、誰もが半導体をつくれる世界へ
2026.10.01
- Text
- :周藤瞳美
- Photo
- :平郡政宏

「半導体エンジニアの価値は、ノウハウからアイデアへとシフトした」と語る小菅敦丈(こすげ・あつたけ)先生。しかし、どれほど優れたアイデアがあっても、実際にチップを製造するには巨額の資金と専用の工場が必要――半導体業界には長らく、こうした高い参入障壁が存在してきました。その常識を打ち破る動きが、いわゆる「半導体の民主化」です。
第2回では、小菅先生が情熱を注ぐ「半導体の民主化」の概要と、多品種少量生産を可能にするシステム「ミニマルファブ」を軸にした取り組みに迫ります。
東京大学の小菅敦丈先生が目指す「半導体の民主化」とは、誰もが短期間・低コストでオリジナルチップをつくれる世界です。従来、半導体の試作には高価な設計ツールや数億円規模の製造費、巨大なクリーンルームが必要でした。そこで東京大学の「Agile-X」プロジェクトでは、小型製造装置「ミニマルファブ」と「ストラクチャードASIC」を組み合わせ、製造期間とコストを従来の100分の1に抑えるアジャイルな試作環境を構築。AI分野で、フレームワークやGitHubによって参入者が急増した流れを半導体にも生み出そうとしています。その背景には、専門家だけに閉じた半導体業界への危機感と、社会実装を重視する考えがあります。低コスト・短期間でチップをつくれる環境を広げ、AIプロセッサーを搭載したロボットなど、新たな技術の実現につなげようとしています。
AI分野の熱狂を、半導体の世界にも

——AIの進化に伴い今後増えていくであろう、多様なアイデアの社会実装を進める上では、小菅先生が取り組まれている「半導体の民主化」がカギになりそうです。「半導体の民主化」とはどのようなものなのでしょうか。
小菅:一言で言えば、誰でも短期間・低コストで自分のオリジナルチップを手にできる世界を実現することです。
従来、半導体をゼロから(フルスクラッチで)試作しようとすると、非常に高価な設計ツールや数億円単位の製造費用、そして巨大なクリーンルームが必要でした。東京大学内にはクリーンルームや各種設備が整ってはいるものの、学内の同じ電気系工学専攻であっても、少し分野が離れた通信やロボット、デバイスの研究者が「半導体集積回路をつくろう」と思っても、簡単には実現できませんでした。集積回路を専攻する一部の教員しかチップをつくれなかったほど、参入障壁が高かったのです。
そんな状況を変えるために、私が進めている東京大学の「Agile-X」プロジェクトで構築したのが、「ミニマルファブ」という小型製造装置と「ストラクチャードASIC」という技術を組み合わせたアジャイル試作システムです。

ストラクチャードASICは、ウェハーの下地基板に共通のトランジスタをたくさん並べておき、上層の信号配線を切り替えることで、任意の狙った機能の回路を実現する技術です。ただ、従来はこの方法でもクリーンルームが必要で、製造に何カ月も待たなければならないという課題がありました。それを解決するためにミニマルファブを活用することで製造期間を短縮し、しかも東京大学の中で学生が製造できる仕組みを構築した。ここにイノベーションがあると思っています。
具体的には、TSMCにウェーハを特注して、下地基板をつくるプロセスの途中で止めた状態で出荷してもらう。それを私たちのところで加工し、ミニマルファブでユーザーの設計に応じた最後の試作を行う、という流れです。この仕組みにより、フルスクラッチで開発するのに比べて、開発期間もコストも100分の1に抑えることができます。ちなみに、東大とTSMCは2025年にジョイントラボの「TSMC東大ラボ」を設立しており、先端半導体の研究・教育・人材育成を共同で推進する関係です。


——ソフトウェアの開発手法である「アジャイル」のように、半導体でも試作と検証のサイクルを素早く回せるようになったということでしょうか。
小菅:その通りです。私がロールモデルにしているのは、AIの分野です。私が学生の頃はAIモデルをつくるのは非常に難しかったのですが、TensorFlowやPyTorchといったフレームワークが登場し、GitHubでソースコードを再利用する仕組みができたことで、爆発的に関係人口が増えました。東京大学でも、松尾豊先生の研究室発のAIスタートアップがどんどん誕生していますよね。こうした熱狂的な流れを、半導体分野でも起こしたいと思っているんです。
実際に私の授業を受けたロボットやデバイス分野の学生が、自分でカスタムチップを設計し、それを自分の研究に組み込んで論文を発表する事例も出てきています。専門外の教員でも「ちょっと試してみようか」という感覚で半導体をつくれるようになりました。これが私たちのめざす「民主化」です。
また、単に施設や環境を整えるだけでなく、教育プログラムにも力を入れています。たとえば2025年に、松尾先生と一緒に開講した「AIと半導体」という講義では、クラウド上のFPGA(※)を使って100人の学生に同時にAIを実装してもらう設計コンテストを実施しました。参加者からは、「すごく楽しかった」「こんなにすぐできるなんて思いもしなかった」という声が上がり、非常に手ごたえがありました。
※製造後でも回路構成を自由に書き換えられる集積回路。クラウド上で提供されるサービスを使えば、一人ひとりが実機を用意せずとも、多数のユーザーが同時に回路の設計・検証を行える
エッジAIが自律駆動する、ワクワクする未来へ
——小菅先生が民間企業からアカデミアへとキャリアチェンジし、「半導体の民主化」に情熱を注ぐようになった原体験は何だったのでしょうか。
小菅:自分にとって何があったかを考えると、3つの要素があった気がしています。
1つ目は、企業の現場で抱いた危機感です。従来の半導体設計は、たとえば「携帯電話の通信関連」を担当した場合はずっとそれを手がけ続けるなど、長年の経験に基づく“職人芸”に依存する部分が大きいところもありました。しかし、爆発的な進化を続けるAI向けの半導体において、求められているのはノウハウの蓄積よりも「新しいアイデアを次々と試してキャッチアップしていく柔軟さ」だと実感しました。
2つ目は、自身がAIを学んだ際の衝撃です。AI分野はライブラリや開発環境がオープン化されており、参入障壁が驚くほど低く、若い人がどんどん参入していました。翻って半導体業界を見ると、特別な免許が必要なわけでもないのに参入障壁が高すぎた。このまま一部の専門家だけに閉じられた世界にしていては、関係人口が減り、日本の産業競争力そのものが低下してしまうという焦りを覚えました。
3つ目は、恩師である黒田忠広先生(東京大学特別教授)から学んだ「社会実装へのフィロソフィー」です。黒田先生からは常に「その技術がどう社会に使われ、どんな価値を生むかを考えなさい」と教えられてきました。半導体の伝統的な研究では「性能が100倍になった」といった論文が学会で評価されますが、重要なのはそれだけではありません。半導体分野への参入障壁やコストを下げ、多くの人が活用できるようになる「民主化」とのかけ合わせが実現すれば、社会に大きなインパクトを与えられる。そう確信したことが、現在の取り組みに繋がっています。
——民主化が進み、誰もがチップをつくれるようになったとき、私たちの社会やものづくりの現場はどう変わっていくと想像されていますか。
小菅:今やAIは、社会や産業を支える基盤の一つになっています。ありとあらゆるデバイスにAIが実装されるようになると、課題になるのが電力消費や製造コストです。そこに対して、私たちが開発する超省電力技術と、チップを低コストかつ短期間でつくれる仕組みを組み合わせることで、これまで導入が難しかったさまざまな領域にも、半導体の活用を広げていけると考えています。
なかでも、私が最も取り組みたいのがロボットです。人口が減少していく中、さまざまなロボットが身近な場所で人々の仕事や暮らしを支えるようになれば、産業競争力の向上にもつながります。何より、楽しいと思いませんか? なめらかに動く人型ロボットを見れば、子どもたちは「どうやって動いているの?」と目を輝かせます。そうした好奇心を生み、未来への期待を膨らませてくれるのも、ロボットの魅力です。ロボットにより高度な知能を持たせ、その進化を支えるAIプロセッサを、必要な人が素早くつくれる世界をめざしていきたいですね。
——ここまで「半導体の民主化」とそれを通じて実現したい未来像を語っていただきましたが、次回はそうした未来の担い手となる学生や若手エンジニアが、これから何を学んでいけばよいか、アドバイスやメッセージをいただきたいと思います。











